022─高等部二年─
氷の帝王様の降臨を、僕は止めることが出来なかった。けど眞宙くんとのことを、内緒にしておくのも不誠実だよね?
「反省しろ」と言われてから、三角座りの姿勢で悶々と考えを巡らせる。
僕が悪かったところ、繰り返してはいけない点について頭の中でレポ─トを書き上げていた。ちゃんと目に見える形の文章で起こした方がいいかなと考えたところで、怜くんが部屋に戻ってきた。
幾分表情がスッキリしているような気がする。
「怜くん、おかえり……って戻ってきて良かったの? 午後の授業はじまっちゃうよ?」
「午後はサボる」
「えぇっ!?」
言い放つなり、怜くんは三角座りする僕の両脇に手を差し込んで、僕を立たせる。あれよあれよという間に、ベッドの端に座らされた。
怜くんも隣に腰掛けると、上半身をひねって僕と向き合う。午後の授業に出るつもりは毛頭なさそうだ。
「で、反省は出来たか?」
「はい……」
『反省』という言葉に背筋を伸ばす。両手はそれぞれ太ももに置いた。
「僕が弱かったのが原因だけど、それで慰められるままだったのも悪かったと思う。相手が眞宙くんだからって気を許し過ぎてたところかな。次からは慰められても、一定の距離を取りたいと思います!」
「よし、ちゃんと考えていたみたいだな。今年に入ってからも板垣先輩の親衛隊員が、信じてた友人に襲われた事件があっただろう。お前も人ごとじゃないんだ。……それで何について慰められたんだ?」
「それは……」
七瀬くんと怜くんとことだとは言いにくい。
けど言葉を濁す僕に、怜くんは片眉を上げた。
「保、話せ」
「えっと……一回目は、七瀬くんと怜くんが教室で……」
「待て、何度もあるのか?」
ズンッと一気に怜くんの声音が低くなる。
冷気が発せられているような雰囲気に、緊張で声が躓いた。
「ご、合計二回……」
「ちっ、二発殴れば良かった。……全部、俺と七瀬のことか」
「うん……」
怒鳴られるかな。そう思って、太ももに置いた手で拳を握る。でも聞こえてきたのは、溜息だった。
「はぁ……結局、俺の至らなさに行き着くのか。お前にとって、俺は一方的に想ってる存在だったから、俺に当たることも出来なかったと」
それを認めてしまっていいのか悩む。
傷付いたのは怜くんの行動でだけど、怜くんだってまさか僕がそのことで傷付くとは思ってもいなかっただろうから。
「いや、待て。登校初日は激突して来ただろう? 何故、他の日もそうしなかった?」
登校初日……七瀬くんが編入してきた日のことかな。
あのときの僕は、完全なる早とちりで怜くんの元へ飛び込んでいた。あれから────。
「……急に、怖じ気づいちゃったんだよね」
何気ないやり取りにまで嫉妬する自分が、醜くて嫌いだった。そんな醜い自分を、怜くんの前に晒す勇気も持てずにいた。
そして何より。
「終わりが見えたことが怖かった……。今までだって頭の隅にはあったけど、その現実を突き付けられたっていうか」
「そうか」
「うん……」
思い出すと、また目に涙が浮かんできそうになる。
「怜くんは……怜くんは、本当に僕でいいの?」
七瀬くんじゃなくて。
相手が僕で、怜くんは幸せになれるんだろうか。
「家の、こととか。僕は分家の三男坊で、跡取りの怜くんの立場とか、重責とか、きっと理解しきれない。何気ない言葉で、怜くんのこと、傷付けちゃうかも……っ」
あぁ、ダメだ。泣かずにいようと思うのに、やはり涙腺が壊れてしまっているみたいだ。
声が震える。
自分の言葉に耐えきれなくなって視線を落とすと、握った拳の片方に怜くんの手が乗った。指の長い、大きな手に拳が包まれる。
「俺は、お前『が』いいんだ。立場の違いなんて今更だろう。むしろ湊川家を気にすることなく、お前が攫える身分にあって有難いとすら思ってる」
「攫うって……」
その言い回しに、ふっと息が漏れた。
僕がそうしたくて、怜くんの傍にいるのに。
「お前の家から見たら、攫われたと思うだろう。俺はこれから、お前と家族の時間を奪うからな。俺は眞宙じゃないから、監禁、とまでは言わないが」
さっきから出てくる単語が物騒だ。
でも。
「僕は、怜くんになら攫われても喜ぶよ?」
「またお前は……」
監禁されるのは流石に困るけど。家族との時間が減るのも寂しいけど、その代わり怜くんとの時間が増えるというなら、相殺される。
「それに忘れてないか? 現状、お前より俺の方がお前を傷付けてたんだぞ?」
「でも眞宙くんのこととか」
「俺が傷付けたからだろ。まぁ……今後、お前に傷付けられないとも限らないが、そのときは」
一旦そこで言葉を切ると、怜くんは上半身を倒して、僕の耳元で続きを囁いた。
「お前が慰めてくれたらいい」
「っ……!」
サラリとした怜くんの銀髪が僕の頬を撫でる。
耳に響いた音色とその感触が相まって、体が戦慄した。それぐらい、僕にとって破壊力のあることだった。
「俺は今まで言葉が足りなかった。そして無自覚にお前に頼り切っていたんだな。お前を幸せにしたいと思うのは俺も同じだ。今後は気持ちを口に出すよう心がける」
「……そのときは、普通に言ってね」
「普通?」
「こんな風に、耳元で言われるのは……ちょっと……」
「感じるか?」
「ばっ!?」
バカ! という言葉が言葉にならない。
けど実際は、正鵠を射抜かれていて、自分でも顔が赤くなるのが分かった。
「可愛いな」
熱を持つ頬を、怜くんが撫でる。
恥ずかしさから怜くんを見ていられなくなって、僕は顔を逸らした。
「可愛くなんて……」
「可愛いよ。保、お前は昔からずっと可愛い」
「止めて。心臓が壊れそうだから」
バクバクと今にも口から飛び出してきそうだ。昼食を取っていたときの、気恥ずかしさが戻ってきたみたいだった。
その恥ずかしさを振り払うべく、僕も負けじと口を開く。
「れ、怜くんも小さいときは天使のような可愛らしさだったよね! 僕、一目惚れだったんだ! 小等部の高学年からどんどん格好良くなって……あっ! でも今も、気の抜けたときとか、可愛いとおもっ……んくっ」
段々調子が戻ってきたところで、怜くんの唇が僕の口を覆った。勢いに負けて、後ろへ倒れる。視界の端で自分の黒髪が躍るのを見たときには、ベッドが軋んでいた。
「ん、ちゅ……ふんんっ」
「は……お前は、どうして、そう……」
唇の端と一緒に、口元のホクロも食まれる。甘噛みされる仕草に、獣的なものを感じた。
「ぁ……っ」
口に行っていた意識が動く。
気付いたときには、部屋着を胸元までたくし上げられていた。怜くんの手が心臓の上に乗り、更に心音がけたたましくなる。自分の中から響く音に、三半規管を揺さぶられて酔ってしまいそうだ。
「ひんっ、怜くん、待って……」
「待たない」
怜くんの指が、胸の突起を抓む。
ピリッとした刺激に逃げたくなって腰を揺らすも、その腰から下着と一緒にスウェットを脱がされた。あっという間に下半身が外気に晒され、膝を擦り合わす。
「足を閉じるな」
「で、でも」
「嫌か?」
うぅ、その質問はズルい。
好きな人に好きだと言ってもらえて、肌を重ねることが嫌だなんてことがあるわけなかった。
「さ、最後まで、しない……?」
「嫌か?」
「あぅぅ……」
質問で返されて、顔を両手で覆った。自分が今、どんな顔になっているのか分からない。
「嫌、じゃない……けど、少し……怖い」
「優しくするよう努める」
急に重圧が消えて、何かと見上げれば、怜くんが上半身を起こしてネクタイを緩めはじめた。ネクタイの結び目に指をかけ、揺する姿に色気を感じる。
外したネクタイを無造作に投げ捨てた怜くんは、上着を脱ぎ、ベルトにも手をかけた。一連の行動が凄く様になっていて、目を惹き付けられる。
「足、開けるか」
「ん……」
思わず見惚れていたけど、自分のズボンもどこにあるか分からない状態だった。下半身を晒していることに羞恥の熱が全身を駆ける。
乞われて足を開こうにも、体は言うことを聞いてくれない。何とか数センチ膝の間を空けたところで、怜くんが股の間に手を差し込んだ。
「ひゃっ」
ただ内ももを撫でられただけでも、情けない声が出た。
言葉通り優しく揉まれ、指先だけで肌をなぞられると背中が浮く。
「んんっ、指、だめっ……!」
「くすぐったいか?」
「うん……っ」
逃げられないと分かっていても、腰が引けた。内ももをなぞる指は止まらず、遂に睾丸に触れる。睾丸を持ち上げられる感覚に、堪らず首を振った。
「やぁっ」
「まだこれからだぞ。保、気持ちいいって言ってみろ」
「やだ、そんなっ」
恥ずかしい。自分から感じてると示すなんて。
「その方が自己暗示にかかって、恐怖心も薄れる。痛くはないだろう?」
「ん、でも……っ」
答えてる途中で、竿を握られた。
あくまで、そっと。そしてゴムを着けられて、ゴムのロ─ションが下に伝い落ちる。
「体はちゃんと反応してるぞ。ゴムを装着出来るぐらいにはな。ほら、言ってみろ。どうせ俺しか聞いてないんだ」
滑りを得た怜くんの手が、僕の中心を扱き出した。裏筋を押すように撫で上げられて、息が上がる。
「はっ……ぁあっ」
「保、気持ちいいか? 言うなら、このままイカせてやる」
「そん、あっ……ぅんんっ」
与えられる快感に、後頭部がベッドに沈んだ。
いつの間にか、僕の足を持った怜くんが、足の間に入り込んでいる。
けど、全ての意識が、怜くんが握る自身に持って行かれていた。
わざとなのか、いつになくゆっくりとした動きで扱かれ、焦れる気持ちが募る。
「ん、ふっ……れい、くんっ」
呼びかけても、そこへ自分の手を伸ばしても、上下に動かされる手の速度は変わらない。
時を追うごとに思考は理性と共に薄らいでいった。
「っ……いいっ、怜くん、気持ち、いいっ……あっ! あぁっ!」
感じていることを伝えた途端、きゅっと竿を握り込まれた。覚えのある感覚に、体が期待する。
その矢先だった。
「ひぅん!?」
「大丈夫だ、痛くはしない」
異物感を覚えて、喉が鳴る。
自分でも意識して触れたことのない場所に、怜くんの指が埋まっていた。入り込んだ指は、躊躇なく進む。
「前立腺があるのは知ってるか? 勃起時の方が、分かりやすいらしくてな」
「あっ……やぁ、変、な……感じっ」
痛くはない。痛くはないけど。ヌルヌルと指が体内で動かされる感覚は、言葉にするのが難しい。
同時に前も扱かれて、息が早くなる。
「はっ……あぁ、んっ……」
はっはっ、と息をつく度、湿った吐息が唇を撫でるのが分かった。終わりが恋しくて、無意識に腰も前後に揺れはじめていた。
熱にうなされ、時折上半身を捻りながら、ベッドのシ─ツを握る。
「怜くん、怜くん……っ」
「気持ちいいか?」
「うん……っ、いいっ……あっ、あぁぁんっ!」
突如、全身に電流を流されたようだった。
今まで感じたことのない感覚に侵され、体がその発信源から逃げようと動く。
「やっ! なに、やだぁっ、あっ! んんっ! 怜くん、放してっ、放してぇっ」
腰を引いても、体を捻っても、逃がしてもらえない。
「ここか」
「ひぅっ、だめぇ! そこっ……やぁあん!」
だめっ、だめっ。
何が、とか、そういうことじゃなくて。
気が狂って、おかしくなりそうだった。
「保、いいんだろ? お前は感じてるだけだ」
「でも……っ……こんな、知らないっ」
「これから知るさ。ほら、いいって言ってみろ」
「ぅんんっ、いいっ、いい、からぁ!」
言えば解放されるなら。
その一心で声を上げても、怜くんの手は止まらない。
行き場のなさに、足の間にいる怜くんを両足で挟んだ。
「あっ、あ……いい、もう、いいっ……は、ぁあああん!」
太ももが痙攣する。
扱かれていた中心から熱が弾け、自分の腹に散った。
けど、相変わらず息をつく暇がない。ずっと、脇腹が引き攣るように震えていた。
「ぁ……あっ、なん、で……っ、感じるの、止まん、ないっ」
「慣れれば、こっちだけでイケるらしいぞ。その場合、射精は伴わないようだが」
「も、やだぁっ」
やけに怜くんだけ冷静なのが、憎たらしい。
でもそう思っていたのは、僕だけだった。
「じゃあ、次の段階だな。……俺も流石に我慢の限界だ」
指が蕾から抜かれる感覚に、体が震える。
それが終わりではないことは、すぐに分かった。