023─高等部二年─
大きいものが押し当てられて、蕾が、広げられていく。知らぬ間に、怜くんもゴムを着けていたようで、ぬめった質感が粘膜に触れた。
「っ……!」
無理。
真っ先に浮かんだ言葉は、それだった。
入るわけがない、そう思うのに。
「ひぁあん! あっ……ふっ……ぅんんっ!」
怜くんの亀頭に、前立腺をこすられて嬌声が上がる。すぐに体内を埋められる息苦しさを覚えるけど、体は覚え立ての快感に震えていた。
熱にうなじを焼かれ、汗が噴き出る。
「っ……きつい、な……」
身悶える僕に、辛そうな怜くん。
もうここで終わりにしない? そう提案したくて口を開くも、出てくるのは喘ぎだけだった。
「あ……ぁあっ、ん……っ」
「保……っ」
進入を促すため、怜くんに腰を掴まれる。その刺激でさえ快楽に変わって、僕は背を反らせた。
おかしい。
いつもより敏感になってる気がする。それが前立腺を刺激されたせいなのか、気持ちいいと口に出して言った自己暗示によるものなのかは判別出来なかった。
ただいつになく体は感じ入って、目に見える形でそれを表す。小刻みに体が跳ねるのを止められない。
「は……ぁ……保の、中は、熱いな」
そう言われても、自分では分かるはずもなく。
着実に怜くんが進入していることだけは、内側で増す圧迫感で知れた。
蕾が、広がって。
中も、広げられて。
自分の体に、そこまで柔軟性があることに驚く。
自然と目尻から生理的な涙がこぼれていた。
「怜、く……」
「んっ……半分は、入ったぞ」
「うそ……」
そんなに。まだ半分?
二つの感想が同時に頭に浮かぶ。
僕のものより一回りは太いし、長いのも知っている。怜くんの身長では相応なのかも知れないけど、毎回見る度に大きいとは思っていた。勃起時は特に。
それが今、自分の中にあるというのだから……人体の不思議だ。
「もう、止める……?」
「んなわけないだろ。俺を生殺しにする気か」
怜くんも辛そうに見えるのに、結局のところ萎えていないのが答えなんだろうか。
ゆっくり時間をかけてくれているおかげか、大分思考する余裕が生まれていた。
早くも僕の声は掠れてきているけど。
「全部挿れたいが、大丈夫そうか?」
「分からな……っんん」
汗が肌に滲むように、中が押し広げられていく。
時折、胸を掻きむしりたくなる衝動に駆られるけど、もうここまで来たのなら。
「でも、いい……から、全部……挿れて」
一つに、なりたい。
口には出せないけど、体がどこまでもってくれるかは分からないけど、怜くんと深く繋がりたかった。
はぁ、と大きく息を吐く。すると次は意識しなくても息が吸える。
あぁ……怜くんが、入ってくる。
自分の体なのに、自分の知らない場所へ。奥深く。
ポロポロと涙がこぼれ、シーツを力いっぱい握り締めた。
「全部、入ったぞ。大丈夫か?」
「はふっ……ぅ……多分……」
消え入りそうなほど小さな声だったけど、怜くんには無事届いたようで、頷きが返ってきた。
シーツを握る手を、上から握られる。
「動くぞ」
「ぅんんっ……! あっ、くっ……!」
世界がブレる。
赤、緑、青……本来重なって一つになっているそれぞれの色が、階層ごとに揺れ動くように。
粘膜が引っ張られる感覚は、形容のしようがない。
お腹が、おかしくなりそう。
前後に揺すられる律動に、ただ耐える。
苦しいような、切ないような。
でも、それ以上に。
嬉しい、と心が叫ぶ。
一つになれた。繋がった。怜くんと。
ずっと、ずっと怖かったはずの繋がりに、満たされる。
「あっ、ぁあっ!」
「保……保っ……」
怜くん。
怜くん、大好き。
今は喘ぐことしか出来ないけど、この気持ちが少しでも伝わればと思う。
そう願った瞬間、覚え立ての快感に体が弾んだ。
「ひぅんっ! あっ! そこ、い……っ」
「ここか?」
「んぁあ! だめっ、感じっ……いいの、だめっ」
「……どっちだ。言いたいことは、分かるが」
グイッと感じるポイントに、怜くんの亀頭が押し当てられる。逃げたい、反射的にそう思うけど、逃げられない。
快感の波に襲われる。
「はぁあん! あっ! あっ! らめっ、ぁあっ」
もんどり打って、背中が浮く。
暴れる僕の腰を、怜くんは掴んで放さなかった。
「やぁあっ、イクっ、イッちゃうぅ……!」
「なら、イケ。俺も……っ」
腰を振られ、肉がぶつかる衝撃が骨にまで響く。
湿り気を帯びた打撃音が、耳を犯した。
目線を下ろせば、シャツの裾から怜くんの引き締まった腹筋が覗いていて。お互いに無防備な姿を晒していることを分からせる。
そして硬さを保った怜くんの中心が、彼も感じていることを伝えてくれた。
僕で感じてくれてる。僕も怜くんに感じさせられてる。
改めてそれを意識すると、中が収縮するのが自分でも分かった。
より怜くんが僕の感じる部分を圧迫し、体に一際大きな電流が走る。
「はぅぅっ、うっ! あっ、あっ……! ぁああああ!」
「くっ……ぅっ……」
お腹に力が入る。そう思った次の瞬間、意識が飛んだ。
◆◆◆◆◆◆
「寝不足で気を失ったから休ませたのに、また気を失わせるとか、怜様はバカですか? バカ様ですか?」
「…………」
ぼんやりと戻った視界の端に、怜くんと桜川くんがいる。よく見ようと体を起こそうとして失敗した。
全身に疲労感が充満していて、力が入らない。ダルい。
高熱を出したときのように、体を思い通り動かせなかった。
「保、目を覚ましたのか?」
布団の中でモソモソしている僕に気付いた怜くんが、こちらに顔を向け、近寄って来た。
「怜様! まだ終わってませんよ!」
「お前のお小言より、保の体調を確認する方が先だろうが」
「そう思うなら自制してください! お赤飯炊かないと!」
「うるさい、黙れ! 保の声が聞こえないだろ。あと赤飯は炊くな!」
えーと……桜川くんが部屋にいるってことは、もう授業は終わってる時間ってことなのかな。
怜くんは桜川くんに怒鳴り返しながら、僕の額に手を添える。その手がヒンヤリと気持ち良くて、目を細めた。
「熱が出てるな」
「本当ですか? 頭を冷やすものを用意します。怜様は保に水分を取らせてください」
「分かった」
どうやら本当に熱が出ているみたいだ。
怜くんにストローを刺したペットボトルを差し出されて、口に咥える。喉を通る水に、倦怠感が薄れていく。
「ん……ありがと……」
「悪いな。無理をさせるつもりはなかった」
「でも……そんな、痛くは、なかったから……」
はじめては、もっと激痛に悩まされるのかと思っていた。けど、熱を出す程度で済んだなら、僕としては御の字だ。どこか切れてでもしていたら、大変だもんね。
しかし僕がそう答えても怜くんは気になるのか、雰囲気がいつもよりシュン……と沈んでいる。思いの外、桜川くんのお小言が効いているのかもしれない。
「保はもっと怜に怒ってもいいと思うけどね」
そこへ、頬に湿布を貼った眞宙くんが顔を出した。
「眞宙、何しに来た」
「保のお見舞いに決まってるじゃない。この調子だと明日も休んだ方がいいね」
よしよしと僕の頭を撫でる眞宙くんに対し、怜くんは憎々しげだ。まだ僕とのことを許せていないらしい。これからは気を付けないと。
は、晴れて、恋人同士になったんだもんね!
にへら……とつい顔が緩んでしまう僕を見て、眞宙くんが苦笑する。
「保と怜の関係が一段落したのは、めでたいことなのかな。愛人宣言は怜らしいと思ったけど……保は受け入れられるの?」
「ん……まだ……でも、気持ちは決まってるから……」
僕は怜くんと一緒にいたい。怜くんを、幸せにしたい。
きっとこれからも悩みは尽きないと思う。
それでも。
視線を怜くんに向けると、碧い瞳を揺らしながら、怜くんは僕の手を握った。
「無理に答えを急がなくていい。言っただろう、俺もお前を幸せにしたいんだ。お前がそれを不幸だと思うなら、俺の言葉に従う必要はない」
「ふふっ、怜くん、泣きそうな顔してる」
「熱で視界が歪んでるだけだろ」
名法院 怜ではなく、怜くんとして目の前にいる人を見て、頬が緩む。
怜くんも不安になると言っていた。
僕はまだ、怜くんが何をどう考えて、答えを出したのか知らない。
彼が、どれだけ悩み、苦しんだのか知らない。
「怜くん、熱が引いたら……」
「なんだ」
「話を、たくさんしよう?」
「……そうだな。こうなったら俺の格好悪いところを、洗いざらい喋ってやる」
「楽しみにしてる」
どこかふわふわする意識の中で笑った。
まさか眞宙くんから聞けなかった怜くんの情けないエピソードを、本人から聞けることになるなんて。
「はいはい、お話ししたい気持ちも分かりますが、保は熱を出してるんですから、お二人ともその辺で。……氷枕を作ってきたから、少し頭を上げてくれ」
言葉通り氷枕を片手に戻ってきた桜川くんが、前半は怜くんと眞宙くんに、後半は僕に語りかける。
「それじゃ俺は部屋に戻るとするよ。怜は?」
「俺は保が寝付くまで見ている」
「眠った保にイタズラしないようにね。桜川くん、監視よろしく」
「承りました」
「おい」
怜くんが不満を漏らすけれど、桜川くんは知らぬ顔だ。
いつもの二人のやり取りに笑みが漏れた。
まだ梅雨にも入っていないというのに、二年生に上がってからやけに濃厚な期間を過ごしてる気がする。
僕が七瀬くんのことを意識し過ぎたのかな……。
前世の記憶がなければ、どうなっていたんだろう。記憶のおかげで視野が広がった自覚もあるので、戻らない方が良かったとは思えないけど……でも、そのせいで、見るべきものも見落としていた。
眞宙くんが僕は変化球だと言っていた通りに。
怜くんの悩みを解決するのはゲーム主人公くんで、僕には関係ないと。そんなこと、全くなかったのに。
これからは、BLゲーム『ぼくきみ』には描かれていない、現実を生きることになる。
怜くんと、一緒に。
「卒業したら、どうなるかな」
「高等部をか? どうせ三人揃って大学に進学するだろ。その後、俺とお前は、名法院家のグループ企業に就職だ。あぁ、大学在学中に秘書の資格を取るの忘れるなよ」
「秘書……?」
「俺の秘書になれば、四六時中一緒にいられるだろ」
「そう、だね……ふふっ」
まさかそんな先のことまで、考えてくれてるとは思わなくて呆気に取られたけど、すぐにまた僕の頬は緩んだ。
「自分には立場を公私混同される未来しか覗えないのですが。怜様、保を休ませる気はございますか?」
「分かった。黙ればいいんだろう」
話かけたのは僕なんだけど、怜くんが怒られてしまった。きっと桜川くんは遠回しに、僕にも休めと言ってるんだよね。
でもつい、口が動いてしまう。
「黙ってる怜くんも格好いいよ」
僕の言葉に怜くんは静かに頷いた。
表情が大きく変わることはなかったけど、微かに頬が緩んでいるのが見えて、僕は目を閉じる。
現実は残酷だ。
だけど幸せの形は、人それぞれあって。
僕なりの幸せを、怜くんと一緒に作っていけるなら……そんな現実も恐くはない、かな。
◆◆◆◆◆◆
翌日、手元に戻されたスマホのチャット履歴には、顔が引き攣った。
『隊長、おめでとうございます! しっかりお休みください!』
『はじめては大変ですよね! 必要なものがあれば、差し入れます!』
『末永くお幸せに……!』
『やはり怜様の隣が似合うのは、隊長を置いて他にいません。隊長の親衛隊もよろこ、すみません、誰か来たようです』
『式場はぜひ、うちの会場を使ってください!』
どうやら怜くんの犯すぞ宣言もあり、寝不足で休んだ時点で、他の人には一線を越えたと周知されたらしい。…………うん、結局一線は越えたんだけど。
着信件数は遂に四桁を達成していた。熱は下がったはずなのに、頭が痛い。
あと相変わらず結婚と勘違いしてるのは誰だろうか?
「ん? 僕の親衛隊……?」
「書き間違いだろ。スマホばかり見てると、痺れを切らした怜様が、部屋まで迎えに来るぞ」
「そうだね、ごめん」
サラッとだけ目を通すはずが、つい画面に見入ってしまっていた。
桜川くんに促されて部屋を出る。
今日から上着の着用は必要なく、僕は長袖のシャツにベストを羽織った姿で、一歩を踏み出した。
ほどなくして怜くんと、眞宙くんの姿も見える。
眞宙くんは僕と同じスタイルだけど、怜くんはシャツだけでベストは着ていない。
ただ上着がないだけなのに、新鮮に見えるから不思議だ。
僕より身長に差がないイケメン二人が並んで立つと、絵になるというのもあるだろうか。
近付いて朝の挨拶を交わすも、キラキラと輝いて見える二人が眩しい。
「では……怜様、眞宙様、保様、行ってらっしゃいませ」
「行ってきます!」
背後から聞こえた桜川くんの声には、大きく手を振って答えた。
すっかり体調が戻ったことを主張して、怜くんから鞄を受け取る。
「保は俺とお揃いだね」
「だね! シャツだけの怜くんは、流石、イエスッ、クールビューティ怜様! って感じだよ!」
「それは止めろ」
不機嫌そうに眉根を寄せる怜くんは見慣れたものだ。
眞宙くんは怜くんの隣で笑っている。
そんな眞宙くんを見て、僕はふと思ったことを聞いてみた。
「そういえば眞宙くんにも、僕に見せたくない一面ってあるの?」
怜くんとは、また違った視点を持つ眞宙くんは、人の感情に聡い。
そんな眞宙くんの隠したい部分を、僕は想像出来なかった。
問いかける僕に眞宙くんは苦笑を返す。
「んー、見せたくないから隠してるんだけどね。一つだけヒントを出すなら、人一倍狭量な怜が、保が買ったパンを誰かにあげるかな?」
「え……?」
僕が買ったパンで思い出されるのは、怜くんが七瀬くんとパンを食べていた一件に限る。
「あのとき七瀬くんが食べてたパンは、本当に保が買ったものだったのか? とかね」
「俺は誰にもパンを分けたりしていないぞ」
「えぇっ!?」
じゃあ、あれも僕の勘違いだったの!? うわぁあああ、怜くん、ごめん!
「でもタイミング良過ぎない……?」
「なんでだろうね?」
にっこりと眞宙くんは微笑む。
どうやらそれ以上は答えてくれる気はないらしい。
少し釈然としないものの、後は自分で考えるしかない。
寮の玄関を出た先で、南くんとも合流する。南くんもシャツの上にベストを羽織ったスタイルだった。
今日も歩く僕たちを避けるように、人垣が築かれていく。
「おおっ! 怜様のシャツ姿だ……!」
「夏には眞宙様の半袖姿も見られるんだよな!? 衣替え万歳!」
そして僕も、両手を頬に添え、声を上げた。
「怜様、格好いいー!」
僕を振り向いた怜くんは、更に眉間の溝を深く……していなくて。
あれ? と思う間に、怜くんは僕の耳に口を近付けた。
「そういう保は可愛いな」
「ふあっ!?」
そして顔が離れる一瞬に軽くキスされる。
今までにないことずくめで、僕は目を白黒させることしか出来ない。
っていうか、人の目もあるのに!!!
「れ、怜くん!?」
「俺は愛情表現や、言葉が足りなかったことを学んだからな。これからは覚悟してろ」
宣言と同時に手に指を絡ませて引かれる。えぇっと……これは、俗にいう恋人繋ぎというやつでは。
お互いの指を交差させて繋ぐ手は、普通に繋ぐより密着度が高い気がして胸がドキドキする。
顔が熱い。頭が沸騰しそうだった。
早くもベストを着てきたことを後悔する。それでも手を放す気は全くないけどね!
「そしてお前は俺を頼れ。至らない部分は、ちゃんと直す」
「うん……」
「保、愛してる」
「っ……僕も! 怜くん、愛してる!」
箱庭を出た先は。未来は。
予測のつかない不安は、きっと常に僕らについて回る。
けどこの手の温もりを感じられるなら、僕は前に進めると思うんだ。
最後までお付き合い頂き有難うございました。