013─高等部二年─

 頭に何かがぶつかった衝撃。そして視界が塞がれたことで、僕はパニックに陥った。

「うあああああ!?」
「保っ! 落ち着け!」

 怖い。痛い。怖い。
 ただがむしゃらに手や足を振った。そのせいか、椅子からも転げ落ちてしまう。痛い。
 けれど恐怖は一向に治まらない。
 終いには動きまで制限されて、床に横たわった。

「そのままじっとしてろよ」

 じっとするも何も、身動きが取れないんだけど……!
 自分が今、どういう状況なのか、全く分からなかった。でも幸いなことに、怜くんがそんな僕を窮地から救ってくれようとしている。
 ドッドッドと胸が痛いぐらいの鼓動を感じながら、あとはもう怜くんを信じて待つしかない。

「大丈夫か?」
「ん……」

 光に一瞬目を焼かれた。眩しさに顔を顰める。

「なに……ダンボール?」
「あぁ。これが棚の上から落ちてきたんだ。口が開いていたせいで、ちょうどお前の頭に被さったみたいだな」

 暗闇の正体を知り、脱力する。あれだけうるさかった心臓の音も、次第に聞こえなくなった。

「はぁ……驚いて損した。……あれ?」

 起き上がろうとして、失敗する。
 体を見下ろすと、青や灰色といった細いコードが全身に絡まっていた。これは……ネット回線用のLANケーブル?

「どうした?」
「ケーブルが絡まって動けない……」
「大分暴れてたからな。せめて上半身は起こせるか?」

 自覚はないんだけど、どうやら相当転げ回っていたらしく、LANケーブルが体にグルグルと何重にも巻き付いていた。おかげで腕もまともに動かせそうにない。
 ただ腹筋の要領で上半身は起こせるだろうと、弾みをつけてお腹に力を入れる。

「ふっ! ……んきゃ!?」
「どうした!?」

 チリチリと嫌な汗が米神を焼いて、動悸が再発する。
 何とか上半身を起こすことは出来たものの、そのせいで一部のケーブルが体に食い込んでしまった。
 これは……ダメな気がする。
 何が? って聞かれると、大事なところが。

「保、どうした? 椅子から落ちたときに、どこかケガでもしたのか?」
「ん……多分、それはないんだけど……ケーブルが……」
「ケーブル?」

 横方向にばかり巻き付いていると思ったLANケーブルが、どうやら縦方向にも二本絡まっていたようで……。
 少しでも身動ぐと、体の中心を縦に走るLANケーブルが二本揃って、お尻の割れ目に食い込んだ。
 幸い、後ろから前に来るところで、二本のLANケーブルは左右に分かれているので、男の急所は締められずに助かっている。

「怜くん……後ろの、縦に走ってるケーブル解いて……」
「後ろ? ちょっと待て」

 自分でも何か出来ないかと手を動かしてみる、しかし腕がガッチリ固定されているおかげで、本当に指ぐらいしか動かせなかった。

「これか?」
「きゃぅ!? 引っ張っちゃ、ダメ……!」

 後ろを縦に走る二本のLANケーブルは、背中の辺りまで伸びているようで、怜くんがおもむろにそれを指で引く。
 しかし引っ張られてしまうと、お尻はおろか股間の食い込みまで深くなって、心臓が縮んだ。

「待て、これはどう絡んでるんだ?」
「うぅ……」

 説明は出来るけど、したくない。
 どうせ見られればすぐにバレてしまうことなので、僕は怜くんがケーブルの先を確認するのを待った。
 そして後ろから前へ、主に腰から下辺りを重点的に見た怜くんは、気が抜けたようにふっと笑う。

「あー……また面白い具合に絡まったな」
「僕は笑い事じゃないんだけど!?」
「怒るな、状況は理解した。それより打ったりして、痛いところはどこもないんだな?」
「うん、多分……」

 先にケガをしていないかを確認する怜くんの冷静さに、僕も少しずつ頭が冷えていった。
 特に痛みを覚えるところはないから大丈夫だと思う。LANケーブルの締め付けは痛いって言うか、辛い。この違いを言葉で説明するのは難しかった。

「今は気が動転してるせいで、感覚がマヒしてるだけかもしれないから、痛くなったらすぐに言うんだぞ?」
「そんなに僕、暴れてたの?」
「視界が塞がれていたせいだとは思うが……見てみろ、椅子も壁の端まで吹っ飛んでるだろ」
「あ……」

 指で示された方に頭を動かすと、横転した椅子が壁に張り付いていた。知らず蹴り飛ばしていたみたいだ。

「椅子から落ちたときも、結構な音を立てていたからな。確認したいところだが、服を脱がせようにも、まずはケーブルを解かないと話にならないか」
「お願いします……」

 どうやら肩から床に落ちたらしいので、怜くんとしてはそこを目で確かめたいようだった。
 何にしても体に巻き付いているLANケーブルが邪魔なので、怜くんが絡まり具合を確認していく。

「縦方向のケーブルと絡まっているところは気を付けるとして……問題なさそうな、横方向のケーブルから解いていくぞ」
「うん」

 横方向のLANケーブルは腕を拘束してるだけだから、多少引っ張ったりしても大丈夫なはずだ。
 予想通り、怜くんが触っても、体が不調を訴えることはなかった。
 一本、二本……とLANケーブルが体から解かれていく。

「今はどこも無線でネット接続しているはずだが……これは過去の遺物か」
「だろうね。捨てるのも勿体ないから、ダンボールに入れて置いてたのかな」

 昔は何でも、機器を接続するには専用のケーブルが必要だったらしいというのは、先生から聞いた話だ。職員室では未だLANケーブルも使われているらしく、パソコン周りの配線が雑多だと愚痴っていた。

「どうせなら、綺麗にまとめてくれてたら良かったのに」
「そうだな。全部外せたら一本一本個別にまとめるか」
「今後、僕のような被害者を出すわけにはいかないからね!」

 ふんすっ、と鼻息も荒く使命感に燃える。
 しかし拳を握ろうとしたのが悪かったのか、横方向でも一部、締め付けが増した。

「あうっ」
「バカが、動くからだ」
「でも……んんっ」

 よりにもよって、どうして敏感なところの締め付けが増すんだよ!?
 LANケーブルは、横方向でも水平に巻き付いているとは限らないようだ。斜めに走ったLANケーブルが、脇腹や胸の敏感な部分をこする。自然と足が内股になった。
 そんな僕の様子を怜くんが見逃すはずもなく。

「何だ? まさか感じてるのか?」
「ちがっ……!」
「どの線だ? あぁ、これか」

 わざと胸の上にあるLANケーブルを指でズラされた。しかし、指が離れるとLANケーブルは、すぐにまた元の位置に戻り、胸の突起部分をかすめる。

「ひぅ……! も……怜くんの、ばかぁ」

 下手に体を動かすことが出来ないので、文句を言うしかない。けど、次の瞬間には、その口を塞がれた。

「んっく……ぅんんっ」

 顎を掴まれ、開けていた口から怜くんの舌が進入してくる。ぬるりとした生温かい感触に、思わず逃げようと腰を捻るものの、それがいけなかった。

「はぅぅっ……ぁ、だめっ、怜く……!」

 お尻の割れ目から、性器の付け根に向かってLANケーブルが食い込む。
 そして浮き彫りになった僕の中心の膨らみに、あろうことか怜くんが手を伸ばした。

「やだっ……、今は、触っちゃだめ!」
「後ならいいのか?」
「そういうことじゃな……ぁうっ」

 少し左に向いた中心を、下から上に向かってズボン越しに、指でそっと撫でられる。
 その微かな接触にも体は反応して震えた。動いたつもりはないのに、LANケーブルが中心の付け根をかすめていく。

「ぁっ……あ……」
「たまにはこういうのも新鮮だな」
「やぁ、怜くん、これ……取ってぇ」

 ヒクヒクと下着に収まる自身が震えているのを感じた。こんな状況でも、体は与えられる刺激に正直だ。

「取ってやりたくても……な? それに嫌がってる割には、さっきより硬くなってるぞ」
「それは、怜くんが、触るから、でしょ!」

 腕の自由が利かないせいか、自分の中で渦巻く熱を上手く発散出来ない。早くも息が上がって、声が途切れた。
 怜くんからの接触は優しいものなのに、内に、内にと熱が溜まっていく。
 汗が浮かぶのと一緒に、トロリと先走りの液が自身の尖端から溢れるのが分かった。

「も……やだぁ」
「どうして欲しい? 言っておくが、全部のケーブルを解くには時間がかかるぞ」
「んんっ」

 もどかしさに視界が潤む。
 自分ではどうすることも出来ない状況が、何より歯がゆかった。ジリジリと微細に動くLANケーブルに責め立てられると、余計に。

「イキたい……けど、これじゃ、イケない……」
「そうだな。せめて腰周りのケーブルだけでもどうにかするか。それさえなければ前も開けられるだろ」

 それまでは辛抱しろよ。と、怜くんは腰に巻き付いているLANケーブルに指をかけた。

「あっ、でも無理に動かしたら……ひゃうっ」

 案の定、縦に走るLANケーブルと絡まるところがあったのか、引っ張られた二本の線が、お尻の奥まった部分をこする。ズボン越しに蕾まで刺激されて、目尻に涙が浮かんだ。

「少しの間だ、辛抱しろ。……ほら、一本は解けたぞ」

 言葉通り、少しだけ体を締め付けられる圧が減った。
 怜くんは次のLANケーブルに指をかけるけど、その指の動きに不穏なものを感じる。脇腹は仕方ないとして、胸の方で手を動かす必要はないよね?

「や、怜くん、どこ触って……」
「イキたいんだろ?」
「それはそうだけど、あぅっ」

 きゅぅっと、胸の小さな突起を抓られて声が上がる。怜くんの顔もやけに近い。そう思った次の瞬間には、軽く耳を食まれた。舌が中に進入して水音を立てる。

「だめっ、動いちゃう、から……! ひうぅん」

 生々しい音と感触に首がすくんだ。反射的に縮こまる体を、意識して制御出来ない。
 結果、体を巡るLANケーブルは、少し緩んでは締め付けるのを繰り返した。

「イケない、のに……感じるの、やだぁ……!」

 怜くんからも、LANケーブルからも、与えられる刺激は中途半端なものでしかなくて。
 焦れて下着の中でヒクつく自身が切ない。

「あと一本ケーブルを解いたら、ちゃんとイカせてやるから」

 早く、早くという思いばかりが募る。
 溜まらず正面にいる怜くんの胸に額をこすり付けた。浮かんでいた汗が拭われて、少しだけ気分が落ち着く。
 その間にも怜くんは手を動かし、やっと邪魔をしていたLANケーブルを解き終わった。空かさずズボンのチャックが下ろされる。

「ぁ……」
「下着まで濡れてるじゃないか」
「ん、だって……」

 じわりと先走りの液が下着に染みていることを指摘され、今更恥ずかしくなる。でも、僕は何も悪くないはずだ。多分。LANケーブルに絡まったのは自業自得かもしれないけど、それも原因は乱雑にダンボールに入れていた人のせいだし。

「倒錯的な格好だな」

 改めて前から僕の姿を見下ろした怜くんが感想を述べる。
 下着から自身が取り出されているのを自分でも確認して、目を逸らした。
 隠したくても、相変わらず手はLANケーブルに阻まれて動かせない。

「……まじまじと見ないでよ」
「写真に残したいくらいなんだが?」
「絶対ダメだからね!?」
「誰にも見せないぞ?」
「食い下がらないでよ!? 絶対にダメ!!!」

 何が琴線に触れたのか分からないけど、僕が断固拒否すると、残念そうに怜くんは息をついた。こればかりは、どんな顔をされても許可出来ない。

「仕方ない、目に焼き付けておくとするか」
「それも今すぐ忘れて!」
「無茶を言うな」
「はぅっ」

 下着から解放された自身を掴まれて声が漏れる。急所を握るなんて卑怯だ! そう思っても、続く指の動きに、喘ぎしか出せなかった。

「あっ、あぁんっ……ん、あっ……!」

 直に亀頭を撫でられ、唇が戦慄く。
 欲しかった快感を得られた効果は、絶大だった。歓喜に竿が脈打ち、尿道口からはまた透明な雫が溢れていく。

「いつもより声が出てるな。そんなに欲しかったのか?」
「ふっ……んん! れい、くん、も……一度、拘束されてみたら、いいんだっ」
「それは遠慮しておく」

 すっかり濡れてしまっている僕の中心を、怜くんはにちにちと音を立てながら扱いた。
 下から上へ、熱が押し出される感触に胸が高鳴る。

「ぁあ! あっ、は……あぁっ」
「あまりいい声で啼くな。俺が我慢出来なくなる」
「でも、とまんなっ、んぅう!」

 一度堰を切ってしまった声は止められない。そう訴えながら怜くんを見上げると口を塞がれた。
 口内で怜くんの舌が暴れ、唾液が唇の周りを汚す。

「はぅ、ちゅっ……んっ、んっ!」

 中心を上下に扱かれる快感に、はっはっと上がる息ごと吸われた。おかげで呼吸がままならない。けれどその息苦しさにさえ、熱を煽られた。
 身動きが取れない状況だからだろうか。
 いつも以上に、性急になっている気がする。
 くっついていた唇が離れても、中心に灯った火は弱まるどころか強くなる一方だ。

「あっ、あっ……! 怜くん、気持ちい……っ」

 唾液で濡れた唇でそう訴えれば、与えられる快感の速度が増した。下から聞こえる水音が激しくなる。
 同時に、背中にも手が回されて……。

「ひぅんん! やっ! それ、だめぇ!」

 未だ尻の割れ目に食い込むLANケーブルを引っ張られた。

「や、ぁあ! あっ! あっ!」
「嫌がってる割には、感じてるようだがな」

 今まで与えられたことのない刺激に首を振る。無理に閉じた口からは、唾液が糸を引いて落ちた。

「ふっ……っ……怜くん、れいくっ……もうっ、ふぁあああ!」

 太ももが痙攣し、果てる。
 意識を失いそうなほどの熱の放出に、僕はぐったりと怜くんに身を預ける他なかった。