012七瀬くん視点─高等部二年─
名法院は、あの湊川って奴を甘やかし過ぎなんじゃないか。生徒会室を出て行く二人を眺めながら、そんなことを思う。
板垣先輩は、この学園において、親衛隊との関係は切ってもきれないものなんだと言ってたけど。それでも先輩は俺に誠意を見せたいからと、中庭で素顔を晒した次の日には、親衛隊との体の関係を絶った。先輩に出来て、名法院に出来ないことはないと思う。まぁ、名法院にとっては、いた方が都合がいいのかもしれないけどさ。
そう考えると、どうしてか胸の奥がモヤッとした。
「はい、七瀬くんも紅茶どうぞ。味は保証出来ないけど」
「あ……有難う」
机から視線を上げると、佐倉の夕焼け色の瞳と目が合った。佐倉の家も名家らしいけど、名法院より随分と雰囲気が柔らかい。
佐倉は俺の顔の一点に視点を合わせると、和やかに笑った。
「凄い皺だね」
きっと考え事をして眉根を寄せていたせいだろう。
どう返せばいいのか分からなくて、目が泳ぐ。
しかしそんな俺を他所に、佐倉は何故か隣の椅子に座った。……いや、理由なら分かるか。佐倉は湊川とよく一緒にいる。俺に何か言いたいことがあるんだろう。
実際、佐倉は椅子に座ると話し掛けてきた。
「この学園が歪んでるという意見には、俺も同意するよ」
「えっ」
けれど予想もしていなかった言葉に目を見開く。
てっきり湊川のことについて言われると思ったのに。それも、まさか同意とか。
「だったらなんで、佐倉は催事に反対しないんだ?」
「俺は君よりこの学園について詳しいからね。君にとっての『当たり前』が、ここでは通じないことを知ってる」
返ってきたのは、名法院にも、湊川にも言われたことだった。
「確かに俺は、編入してきたばかりで、この学園のことを知らない。けど知ったところで、俺の考えが変わるとも思わない」
これは価値観の問題だ。学園の背景が分かったところで、催事が行われる理由を知ったところで、俺はやっぱりおかしいことは、おかしいと感じるだろう。
「君は……とても真っ直ぐなんだね。そういうところは保と似てるかも」
「俺が、あいつに? 冗談じゃない」
俺はいくら好きな相手でも、気持ちがないのに体の関係を持ちたいとは思わない。
反射的に顔を歪めると、佐倉は面白そうに目を細めた。
「あぁ、こういうのを同族嫌悪と言うのかな」
「俺はあいつとは違う!」
「そうかな? 感情で突っ走るところなんか、とても似てると思うけど」
「それは……」
自覚のあることを言われて、言い返せない。
それに関しては、上村や桜川にも周りの目を気にしろと注意を受けた。
「違うところと言えば、受け入れてることかな」
「受け入れてるって……?」
「保はこの学園のあり方を受け入れているんだ。君の言う通り、『おかしい』と思っていてもね」
「なんだよそれ!」
意味が分からなかった。
間違ってると思いながら、それに甘んじるワケが。
「世の中、君が思い描く、白と黒だけの世界じゃないってことさ。二分論で物事を計っていると、いつか壁にぶつかるよ? まぁ、今がそのときかもしれないけど」
言いながら、佐倉はメモを俺に寄越した。
「俺の番号とチャットのID。相談したいことがあれば聞くよ」
「なんで……。佐倉は湊川の味方じゃないのかよ」
「もちろん俺は保の味方。だけど七瀬くんの敵でもない。もう忘れたの? 意見は同じなんだよ。それに君はまだ俺たちと同じ土俵に立ってさえいない」
理解が追いつかなかった。
俺と意見が同じだというのにも、何か裏があるのかと思う。けど、どんな裏があるのか想像出来なかった。
渡されたメモをそっと握る。
最初は反感を覚えた名法院も、高圧的なところはあるものの、話は通じた。佐倉も、他の生徒からは一線を引かれている割には、とても親しみやすいように感じる。
「七瀬くん、君に話しかける人も多いだろうけど、人は自分にとって都合のいいことしか話さない生き物だって、知っておいた方がいいよ」
「佐倉もか?」
「俺も、板垣先輩もね」
どうしてここで板垣先輩の名前が挙がるのか。
親衛隊相手に遊んでいた過去はあるけど、それはもう昔の話になりつつあるというのに。誠意を見せるとの言葉通りに、あれから先輩の傍に親衛隊の姿はない。
「誰かに限った話じゃないってことさ。君だって自分の格好悪いところを、わざわざ話したりしないだろ?」
そう言われれば納得がいった。
俺が頷くと、佐倉は用が済んだとばかりに席を立つ。
ワインレッドの髪を見送ったあと、俺は握ったメモに視線を落とした。
とりあえずは二分論の意味を調べようと思う。