007─高等部二年─
「怜くん!?」「そう逃げなくてもいいだろ」
がっちり腕を回されて腰をホ─ルドされたので、僕はエビ反りの状態で、上半身だけを怜くんから離す格好になった。
「でも、眞宙くんが戻ってくるかもしれないし」
「そうだな。ベッドはパ─テ─ションで区切られてるとはいえ、前を通れば丸見えだからな」
寮の部屋の間取りはどこも変わらない。
部屋の中央にパ─テ─ションが置かれ、左右対称にベッドや勉強机が設置されている。同室になった生徒は、ドアから手前側か奥側、どちらのスペ─スを使用するか相談するところからはじまるのがお決まりだった。
怜くんは奥側のスペ─スを使っているけど、部屋の中央を区切るパ─テ─ションは、室内を行き来出来るよう、片方の壁側に人が通れる空間が確保されている。
わざわざ眞宙くんが怜くんのスペ─スに顔を出すとも限らないけど、出さないとも限らない。
「それに保は、声を抑えるのが苦手だ」
「な、な、な!? っんきゃ!?」
抑えるべき『声』が何を指しているのか、見当がいって顔に熱が集中する。動揺していると、突然片手でお尻を掴まれた。
「ほら、な」
「い、今のは怜くんが悪い! ってか、揉まないで……っ」
既に指先がお尻の割れ目に入っていて気がきじゃない。腕から力が抜けて、また上半身を怜くんに密着させてしまう。こんなことなら、部屋着にしてるチェック柄のスウェットじゃなくて、ジ─パンでも履いてくれば良かった!
「一人のときはどうしてるんだ? まさか喘ぎ声を圭吾に聞かせてないだろうな?」
「聞かせるわけないでしょ!?」
一人のときはトイレで静かにやってます!
「本当か? こんな簡単に声が出るのに?」
「ひぁっ!?」
お尻ばかり意識していたら、前から股間に手を当てられる。あんまりだと睨み付けると、口端だけクッと上げたニヒルな笑みを返された。
「セクハラ良くない!」
「今更だろ。前と後ろ、どっちを揉まれたい?」
「や、だぁ……!」
「そうか、どっちもか」
「ひん!?」
酷い質問に嫌だと答えたにもかかわらず、怜くんの両手が動き出す。臀部の感触を楽しむように、むにむにと揉まれながら、股間に置かれていた手で、竿の形を探られた。
「んんっ、や……だめ、だって……ふっ」
前後同時に刺激を与えられる手から逃げたくて、腰を左右に動かすけど、イタズラな手は執拗に後を追ってくる。
「ほら、もう前は硬くなってきた」
「怜くん、お願い……も、放して……っ」
今ならまだ我慢出来る。深呼吸すれば、体を落ち着かせられる。そう思うのに。
「ダメだ。眞宙がいつ戻ってきてもいいように、声を抑える練習だと思えばいいだろう?」
「そん、な……あっ!」
遂に前にあった手が、下着の中に差し込まれた。ジ─パンだったら、もう少し時間が稼げたかもしれないけど、スウェットのゴムに怜くんの手を阻む力があるはずもない。
「声、抑えろ」
「で、でも……んんっ」
無茶な注文をしないで欲しい! いや、ここは頑張るべきなの!?
怜くんの指先が、竿の付け根から裏筋をそろりと辿る。
でも声は出しちゃいけなくて、とりあえず片手で自分の口を覆った。
「ふっ……っ……ん」
何とか声は我慢出来てるけど、痛くしないよう加減されている動きがもどかしい。あくまで怜くんは指先でやさしく僕の中心を撫でるだけだった。
潤滑油かゴムがあったら……って、何を考えてるんだ、僕は。脳裏を過ぎる願望に慌てて首を振るけど、体はもう熱くなってるのに、ゾワゾワとする感覚だけを与えられる現状も辛い。
感じるポイントを怜くんの指が通る度に、ヒクッと喉を鳴らすのが続く。
「物足りないか?」
「んっ……」
微熱があるような気だるさで、怜くんを見上げる。ぼやける視界の中では、碧い瞳が細められていた。
「眞宙が戻って来たら止めるからな」
言うなり、怜くんはズボンのポケットからゴムのパッケ─ジを取り出すと、その端を口に咥えて引き千切った。躊躇いのない慣れた動作に見とれている中で、下着ごとスウェットを少し下ろされる。ここまでくると、僕はもうされるがままだ。
怜くんは手でスウェットの中に空間を作りながら、僕の中心にゴムを付ける。ヌルッとした感触に亀頭が包まれ、腰が震えた。怜くんのズボンに入っていたからか、ゴムに冷たさはない。
怜くんの指が輪っかを作り、僕の中心の根元を掴む。
あぁ、やっと……。
望んでいた刺激を与えられる期待で、僕の胸は高鳴った。その期待に応えるように、怜くんの指が上下に動き出す。
キュッと竿を根元から締められ、絞り出されるような上下運動に、次第に息が上がっていく。
「ふっく……んっ、んっ!」
僕の喘ぎは鼻を通って抜け、下腹部ではにちゃにちゃとゴムに付けられたロ─ションが音を立てていた。
自分でするより、人にされる方が、同じ動きでも気持ち良く感じるのはどうしてだろう。時折ズレる間隔にさえも、熱情を煽られる。
「んっ、んっ、んっ」
気付いたときには、額を怜くんの胸にこすり付けながら、自分でも腰を動かしていた。こんなところを眞宙くんに見られたら、言い訳のしようがないというのに。
早く、早く、と気持ちが急かされるのは、見られてしまうかもしれない焦りからなのか、ただの欲望なのか最早分からない。
腰の動きに合わせて、怜くんの手に圧力をかけられ瞼が震えた。先ほどの中途半端な刺激とは違い、明確な目的を持った動きに、熱が急速に集まっていく。
そんなとき、ガチャッと部屋のドアが開けられる音が聞こえた。
「っ……っ……!」
けどもう迫り来る熱量に動きは止められなくて。
怜くんも手の動きを止めず僕を絞り上げると、カリ部のくびれ部分を指先で撫でた。土壇場で異なる快感を与えられ、目の裏がチカチカする。
「ぁふっ、ふっ、んん─!!!」
堪らず、怜くんのシャツを握り締めた。
そして一気に脱力した後のことは、よく覚えていない。
そっと掛け布団をかけられて────。
「次はお前が俺に奉仕しろよ」
なんて物騒なことを、布団の上からポンポンと叩かれながら言われた気がしないでもないけど。
……聞かなかったことにしていいかな?
◆◆◆◆◆◆
ゲ─ム主人公くんである七瀬くんが、監査の補佐──正確には補佐の補佐になるだろうけど──に就くことが決定事項であっても、放課後の生徒会役員選定会議はなくならない。
何せ新一年生から選ぶのが本筋だからね。
大方の予想通り、応募は留まるところを知らなかった。きっと家からも、役員になるようキツく言われてる子もいるんだろうなぁ。直接名法院家や佐倉家と繋がりを作れなくても、同じ生徒会で役員を務めたというだけでアドバンテ─ジは高い。それに学年が違えばそれだけ遠い存在になる二人に、少しでも近付きたいと思うのは仕方のないことだろう。
「まだ締め切りまで日数はあるが、既にある応募分の書類選考に入った方がいいだろうな」
応募最終日のことを考えると、皆揃って憂鬱な顔になった。きっと選考作業だけで、寮に帰る時間は遅くなるだろうから。昨年の話を先輩たちから聞いているだけに、未来は確定されていた。でも最悪、先輩たちも手伝いに来てくれるそうなので、まだ希望はある。十中八九、怜くんたちに恩を売りたいだけだとしても。
書類選考は、応募時に提出された経歴やレポ─トの質によって行われる。内部生、外部生は問わない。
経歴については、中等部までに委員会活動や部活動にどう励んでいたのかというのが主だ。後は個人的に取得した賞や資格なんかも記載されている。
レポ─トは生徒会に関することを自由に書いてもらう。一番多いのはやはり志望動機を書いたものだった。ちなみに僕たち幼馴染みの三人は、中等部でも生徒会に在籍していたので、その経験から高等部における活動の展開や、全寮制による生活環境の変化がもたらす生徒への影響などをまとめたものが各々評価された。ふふん、中でも僕はレポ─トが分かりやすくまとめられていたということで、書記の候補になったんだ。
経歴とレポ─トでは、レポ─トの質の方が重要視される。経歴は第二基準といったところかな。
なので送られてきたレポ─トを読む必要があるんだけど、これが結構な枚数なんだ。上限は二〇枚に設定されているものの、一枚で送ってくるような応募者はいない。大体の人たちが上限ギリギリの枚数で送ってくるため、軽く目を通すだけでも一苦労だった。
明らかにレポ─トとしての体をなしていないものは、簡単に『不採用』の箱に入れられるんだけど、昨年に引き続き、今年も本気度が例年と異なる。
絶対家庭教師とかプロの目を入れてるよね……。内部生は特にその色が濃かった。後から生徒本人の成績と比べて、本人だけで作成可能なレポ─トなのか精査するにしても、時間がかかる。とてもかかる。
役職、補佐にかかわらず、現生徒会員は全員で紙をめくる作業に追われた。
「いっそ、もう決まってるんだから、七瀬くんにも参加してもらえないの?」
つい怜くんに向けてそんなことを言ってしまう。今は猫の手でも借りたい気持ちだった。恋敵とか、細かいことは気にしてられない。
「ダメだ。七瀬も新役員として扱うからな。ただでさえ二年生から引き抜くのは例のないことだ。これ以上の例外は増やしたくない」
「だよね─……」
今朝からスマホへ引っ切りなしに入ってくる連絡からも、あまり特別待遇で彼を扱うのはよろしくなさそうだ。その特別待遇が手間のかかる作業であっても。
今も誰かのレポ─トをめくる度に、親衛隊でグル─プ分けしているチャットの着信が入る。流石にマナ─モ─ドにして音やバイブは消しているけど、ライトの明滅で着信は分かった。あまりの着信の多さに、ライトですら他の人の邪魔になりかねないと、自分にだけ見えるように、口を開けた鞄の中に入れているほどだ。
着信は全て、七瀬くんに関連するもの。
七瀬くん、声が通るからな─。
少年らしい彼の声は、昨日の食堂でもよく響いていたようで……発言が全て筒抜けだった。
よりにもよって内容が学園の現状や怜くん、親衛隊を否定するようなものだったのがいただけない。
あの後、各親衛隊の隊長からは会話の詳細を教えるよう請われたり、大変だったんだ。親衛隊にかかわらず、怜くんを信奉している人たちからの反感も大きい。
それだけに着信の内容は、彼に対する不満が多かった。あまりの多さに、何かあってはいけないと風紀委員長の上村くんに相談したぐらいだ。
まだ僕宛に不満を送って来る分にはいいんだけどね。大体七瀬くんの話から、別の愚痴に移っていくのが常だし。
鬱憤のはけ口になっているのは構わない。
ただ今後のことを考えると放置もしていられないと思う。だって七瀬くんにはこの先一年を通して、色んなイベントが待ち構えているのだから。
「保、難しい顔してるけど、大丈夫?」
「あぁ、うん。……ちょっと休憩にしない? 紅茶とお茶菓子用意するね!」
レポ─トをめくる手を止めて考えていたせいか、眞宙くんに心配されてしまった。
僕が席を立つと、同級生も二人、手伝いに給湯室に来てくれた。何だかんだで書類選考をはじめて時間が経っているので、休憩を入れるにはいいタイミングだったみたいだ。
紅茶の葉を蒸らしていると、珍しく同級生に声をかけられる。
「ねぇ、湊川くん、七瀬くんについて何か知ってる?」
「あ─……七瀬くんね」
内容は案の定というか。昨日からの一日で、この話題の人っぷりは純粋に凄いと思った。
彼らも彼らで、新しく入ることが決まった仲間の発言に眉を寄せている。基本生徒会の役員は怜くんの信奉者だからね。怜くんが『おかしい』と断言されて、楽しいはずもなく……。
「湊川くんはあの場にいたんだろう?」
「もちろん。それにあの場は怜くんが治めてくれたから、僕が言えることはあまりないかな? 七瀬くんについても、今は情報を集めてるところだよ」
名法院家で怜くんの侍従をしている桜川くんが、七瀬くんと友人になったので色々聞き出してくれていることを伝えると、とりあえず彼らは納得してくれた。
「なるほど、外部生だから情報を集めにくいと思ったけど、桜川くんが動いてくれたんだ」
侍従という仕事は立場上、往々にして下に見られがちだ。しかし頭に『名法院家の』と付くだけで、生徒の中でも発言力が増した。それはもう僕なんかじゃ歯が立たないくらいに。純粋に桜川くんの、怜くんに物怖じしない態度を見た結果でもあるんだけど。
桜川くんも、食堂での七瀬くんの発言を聞くと、自分から話を聞いてみると言ってくれたので、彼に任せておけば問題ないと思う。
結局のところ、今出来ることと言えば、それぐらいだった。