004眞宙くん視点─高等部一年─

 保には、愛嬌があった。
 彼のコロコロと変わる表情を見れば、十人が十人そう答えるだろう。
 幼稚舎で出会った頃は、その愛くるしさに女の子みたいだなと思ったぐらい。
 そんな保が、ただ可愛いだけじゃなくなったのは、中等部に上がったときからかな。
 口を閉ざし、物憂げに考える姿は、どこか儚くて。
 時折、精神が不安定になるときもあったから、俺と怜は気が気じゃなかったんだ。それも一年ぐらいで落ち着いたけれど。
 たまに我慢をしているような表情をするのは、今も変わらない。
 俺と怜の中で、保がただ可愛いだけの友人から、守りたいと強く願う対象に変わったのは、自然の成り行きだった。

 高等部では寮生活を強いられるとなれば尚更。
 私立鳳来学園高等部の内情は、一部では有名な話だ。大人も子供のすることだからと見て見ぬフリをするどころか、それが青春だとのたまうのだから腐りきっている。
 歴代の卒業生の中には、内情を逆手にとって肉体関係で家同士の絆を強くする猛者もいたらしいが、そんなのは一握りだ。

 俺と怜が目を光らせてはいるけど、それも万全じゃない。現に隙をついて、保を連れ込もうとした輩もいたからね。幸い、大事には至っていないものの、後先考えないバカもいることを忘れてはいけない。
 寮では、俺と怜が同室になることが分かりきっていたから、怜が侍従を高等部に入れて保の同室にするという力業を使った。

────いっそどこかに閉じ込めてしまえればいいのに。

 そう思うときがある。
 特に保が辛そうに表情を歪めるときは。俺なら、保を甘やかしてあげられるのに。
 でも保は怜がいいんだよね。
 昔から、保は怜のことが大好きだった。
 一生懸命、怜の後を付いて歩いて。周りが萎縮するほど、怜が不機嫌なときも、保だけは彼の傍を離れなかった。

 最近保は、自分は分家の三男坊で、いつでも切り捨てられる立場にあるから、怜くんの不興を買っても気にする必要がないんだっていうけど、あれはどこまで本気なんだろう?
 佐倉家とは雲泥の差で、湊川の分家は家族仲が良い。
 保のお兄さん二人が重度のブラコンなのは知ってるし、湊川本家当主のじじばば様も、目に入れても痛くないぐらい末の孫である保を可愛がっている。
 そう簡単に保を湊川から切り離すとは思えない。

 皆、保の明るい表情が大好きだから。

 怜が保に対してぶっきらぼうなのも、いつでも保なら笑顔を返してくれると信じてるからなんだよ。
 甘えてるんだ。
 いつでも自分は『大好き』だと言ってもらえるって。保が怜の背中を見て、切なそうにしているのにも気付いてないんだよ。バカだよね。
 でも保は、そんなバカが好きなんだよね。

 ドロリと、コ─ルタ─ルのような黒い液体が、胸に満たされていくのを感じる。

 俺も怜のことは好きだし、尊敬もしている。
 それでも思うところはあるんだ。
 だから保に鳩尾を蹴られて意気消沈している同室者に、作りものの笑顔を向ける。

「いつまでも傍にいると思ったら大間違いだよ」
「……お前にはやらない」
「ははっ、それを決めるのは誰だろうね?」

 既に自分のものだなんて、勘違いも甚だしいんじゃないかな。

「怜のことは好きだよ。だって保を一番幸せに出来るのは、怜だからね」

 だけど、

 それが出来ない怜は、

 嫌いだ。