004─高等部一年─

「んんっ!」

 口内を乱暴に舌で貪られて、口付けされているのだと気付いた。慌てて鼻で息をすると、くぐもった声が漏れていく。

「あふっ、ぁ……っ」

 ぢゅっと舌先を吸われた瞬間、甘い痺れが全身を駆け巡った。怜くんはそんな僕の反応を、面白そうに目を細めながら観察している。
 感じた瞬間を見られたのが恥ずかしくて、必死に口付けから逃れようとするけど、上から与えられる圧に首を振ることすらままならない。
 そんな中、怜くんの片手は未だ僕の乳首をいじっていて……。

「は、ぁ、やぁっ……!」

 ピリッとした快感が走る度に、息も絶え絶えになり喘ぐ。
 シャツを胸までたくし上げられた体も、火照ってじっとりと汗ばんでいた。
 暑くて、苦しくて、早く解放して欲しいとばかり願う。
 いつも終わった後は、次こそは何か意趣返しがしたいと思うんだけど、毎回、怜くんのキスだけで翻弄される自分がいた。だ、だって、好きな人の舌が、僕の口の中に入ってるとか考えたらっ、ダメでしょ! なんかもうそれだけで叫びたくなっちゃうでしょ!

「ふぁっ……」

 ようやく解放された唇の間で唾液が糸を引く。それが鎖骨の辺りに落ちる冷たさを感じながら、ぼんやりと怜くんの動きを目で追った。
 いつの間にか、ズボンのベルトが緩められ、前が開かれている。僕のだけじゃなく、怜くんのも。
 怜くんは下着から自身を取り出すと、次は僕の股間に触れた。

「ぅえっ!? えっ、れ、怜くん!?」

 咄嗟に怜くんの手首を掴むけど、抵抗むなしく僕自身も下着から出され、彼の手に包まれる。

「お前は先を急ぐと怖がるからな。保は、感じることにだけ、集中していればいい」

 後半、言い聞かせるように言葉を区切りながら、怜くんは空いた手で僕の頭を撫でた後、熱のこもった息を吐いた。
 視線だけで怜くんを見上げると、彼の白い頬が薄く色付いて上気しているのが分かる。喉仏の下、シャツは第二ボタンまで開けられていて、鎖骨が覗いていた。そこから溢れ出る色気を目の当たりにしてしまい、居たたまれない気持ちになる。
 けど、怜くんも同じように興奮してるんだと思うと、嬉しく感じたのも事実で。
 自然と僕は、怜くんの言葉に対して頷いていた。
 僕たちの中心を一緒に握る手に、力が込められる。

「あっ……!」
「痛かったら言え。出来るだけ、加減する」

 どこから取り出したのか、ロ─ションを僕たちの間に垂らすと、怜くんは上下に腰を揺らしはじめた。
 次第にスピ─ドがのってくれば、にちゃにちゃと卑猥な水音が耳に届く。

「保……」

 時折、怜くんの掠れた声が聞こえると体が震えた。彼の声だけで、気持ちがいっぱいになってしまう。
 泣きそうになるのを堪えながら、彼の背に腕を回した。

 大好き。怜くん、大好きだよ。

 僕の気持ちが少しでも伝わったら嬉しい。
 そんな中、速まる鼓動が耳の裏にあるように感じられて、額に浮かんだ汗が流れた。どこか遠のく意識の先で、全ての熱が下半身に集約される。
 怜くんの指がカリ部に回されると、反射的に足の爪先が反った。

「ぁふっ、んっ……んあっ!」

 そのまま足をつりそうになって、彼の背中を掴む手に力が入る。
 より近くなった距離に、怜くんの荒い息が聞こえた気がした。

「ふ……っ、保……」

 裏筋を、怜くん自身にこすられる。
 同時に人差し指だけで亀頭を撫でられると堪らなかった。駄々をこねるように首を振りながら嬌声を上げる。

「あん! あっ! 怜くんっ……れいくんんっ」

 舌に力が入らない。
 はぐはぐと開閉する口は、ただ空気を食んだ。
 額を怜くんの胸に当てると、より彼の熱を感じる。汗ばんでいるのは、決して自分だけじゃない。
 そのことに後押しされながら、言われた通り、僕は快感を享受していた。
 体が上下に揺さぶられる度に、ソファが軋んで音を立てる。視界の端では濃紺のブレザ─が揺れ、ここがどこで、相手が誰なのかを意識させられた。
 いけないこと、してる。
 漠然とそう思った瞬間、全身を熱が焼いた。
 背徳感と与えられ続ける快感が合わさって、僕は天井を仰いだ。

「あぁっ! もう……イッちゃう! れい、く……!」
「っ……」

 射精する寸前、咄嗟に怜くんの手に自分の手を重ねた。
 少しの時間差を置いて、二人分の熱がお腹に放たれる。

「ぁ……」

 ちゃんと、怜くんも感じてくれてたんだ。
 その結果が見て取れて、安堵する息が漏れた。
 お腹の上に溜まった白い液体を眺めていると、ティッシュがそこに投げられる。
 一枚、二枚、三枚、四枚、五枚、六枚……。

「怜くん、ティッシュ多過ぎ」
「手に付いたら嫌だろうが」

 怜くんはティッシュで小山を作り終えてから、無造作に僕の腹を拭った。その塊をゴミ箱に捨てると、また新しい小山を作っておへそに溜まった分も、拭き取ってくれた。
 無駄が多い気がするけど、世話を焼いてくれるのが嬉しくて、僕は自然と笑顔になる。

「ん、有難う」
「……その様子なら大丈夫そうか」
「え?」

 何が。と聞く前に、下着ごとズボンを下ろされた。
 そしてあろうことか、お尻の間に怜くんの指が触れる。
 こ、この展開は……!?

「そろそろ先に進んでもいいだろう?」
「だめぇ─っ!!!」
「ごっ!?」

 考えるまでもなく拒絶に膝を折ると、膝が怜くんの鳩尾にヒットする。

「うわぁああ!? ごめんっ!?」
「……っ……」

 悶絶する怜くんに悪いと思いながらも、僕はソファから脱出して、服装を正した。
 よし、ここは逃げよう!

「怜くん、ごめんね!」
「まっ……!」

 きっと少し休めば、痛みも治まるはず。体の丈夫な怜くんなら大丈夫だよ!
 後が怖い気がするけど、ここに留まるのも危ない気がするんだ! だから、ごめんね!
 心の中で何度も謝罪しながら、僕は生徒会室のドアを走り抜けた。

 最後までしたいという怜くんの気持ちも、分からないわけじゃないんだ。
 BLゲ─ム「ぼくきみ」の世界でも、僕と怜くんはがっつり致してたみたいだし。
 けど、思うんだよ。
 『画面の中の僕』は、何も知らないまま、最後まで行ったんじゃないかって。行き着く先を知らないまま、あれよあれよと怜くんに押し通されたんじゃないかって。
 じゃなきゃ、素直に怜くんのを自分のお尻に入れるなんて許容出来るわけがない。
 無理だよ、どう見ても日本人の平均サイズより大きいんだもん! むしろどうやって入れてたの、『画面の中の僕』!?
 ア─スホ─ルがブラックホ─ルに繋がってない限り無理じゃない!? ……誰が上手いこと言えと!?
 そんな風に焦る頭で自分にツッコんでいたのが悪かったのか、僕は生徒会室を出て幾ばくもしない内に、人とぶつかった。

「うわっ!?」
「保!? 大丈夫?」

 顔を上げると、気遣わしげな赤茶色の瞳と目が合った。

「眞宙くん、ごめん……」
「俺はいいけど、保は一人? 怜から逃げてきたの?」
「うっ……」

 僕が目を逸らしたことで、事の顛末を察したのか、眞宙くんは盛大に溜息をついた。

「はぁ……だから焦るなって言ったのに」

 僕と怜くんのことは、眞宙くんに筒抜けだ。怜くんが僕のことを眞宙くんに愚痴るのが最大の理由だった。幼馴染みの体の関係なんて知りたくもないだろうに、眞宙くんはよく気遣ってくれる。

「えっと、ごめんね」
「保が謝る必要はないよ。別に最後までしないといけない決まりなんてないんだから」

 優しく抱き締められて、頭をポンポンとされると安心感で強張っていた体の力が抜けた。
 そのまま甘えたくなるけど、ここが校舎で人目があることを思い出して慌てて体を離す。自由行動する眞宙くんの傍に、彼の親衛隊隊長である南くんの姿がないわけがなかった。
 案の定、眞宙くんの後ろに、ふわふわのハニ─ブラウンの髪が見えて声をかける。

「南くんも、ごめんね!」

 好きな人が自分以外の誰かを抱き締める光景なんて見たくなかったよね。
 慌てて謝る僕に、南くんは首を横に振った。

「今更保くんに嫉妬することはないですよ。眞宙様が保くんを大事にしているのも知っていますから」
「うぅ、南くん懐が深い……」

 僕だったらきっと嫉妬にかられて醜い顔になってると思う。

「南くんはいい子だからね。さぁ、保も一緒に寮に戻ろうか」

 眞宙くんに背中を押されて歩き出す。
 二人の邪魔じゃないかと心配になる僕の気持ちを察したのか、南くんが手を繋いでくれた。

「実は保くんと一緒に帰りたくて待ってたんですよ」
「えっ!? 本当!?」
「どうせ怜は今回も逃げられるだろうと、予想してたからね」
「あはは─……」

 逃げてきた身としては、乾いた笑いしか出ない。
 置き去りにしてきた怜くんのことが気にならないでもないけど、結局僕は眞宙くんたちと仲良く三人並んで寮へと帰った。


◆◆◆◆◆◆


 寮の部屋に戻ると、同室の桜川くんが出迎えてくれた。

「ただいま─」
「おかえり。今日は少し遅かったけど、相変わらず怜様と?」
「う……そんなところ」

 桜川《さくらがわ》 圭吾《けいご》くんは、高等部からの外部生なんだけど、代々名法院家に仕えている家柄もあって、僕も昔から顔なじみだった。怜くんの実家での身の回りの世話は、桜川くんが担当だからね。学園では、家格に関係なく侍従を付けるのは禁止されているので、あくまで一生徒として通っている。だから学園では気軽にタメ口で話してくれた。

 桜川くんも身長が高いので、僕はいつも見上げることになる。体を鍛えているのもあって、白いシャツの上からでも、筋肉が引き締まっているのが見て取れた。髪はサッパリと短く、その佇まいにはいつも清涼感が漂う。
 苗字と同じ桜色の髪は目を引くけど、彼はBLゲ─ム『ぼくきみ』の攻略対象ではなかった。
 攻略対象ではないけど、ゲ─ム主人公くんの相談役兼お友達ポジションだ。外部生同士で気が合うという設定。ついでに怜くんの情報も教えてもらえて、攻略しやすいようになっている。
 来年から僕への風当たりがどうなるのか考えると、ちょっと胃が痛い。覚悟はしているつもりなんだけどね。いかんせん、周囲はゲ─ムに登場する人ばかりなので、気が滅入るときがあった。はぁ……悪役になりきるのは大変だ。

「その様子だと、赤飯はまだ必要ないか」
「うぇっ!?」

 肩を落とした僕を見て何を勘違いしたのか、そんな爆弾が投下される。今更だけど、僕と怜くんの関係って周囲に筒抜け過ぎないかな!?

「自分が怜様と保のことで、知らないことがあると思うか?」
「だ、だよね─……」
「自分としては、保はまだしばらく、可愛い保でいて欲しいと思うけどな」
「そ、そう?」

 無理をしなくていいんだぞ。と頭を撫でられる。
 眞宙くんといい、桜川くんといい、彼らは優しい。すぐに僕を甘やかしてくれるから、つい楽な方へ逃げてしまいそうになる。

「一線を越えられなくて、ヤキモキしてる怜様を見るのは面白いから。で、今回はどうやって逃げてきたんだ」
「あ─、それ聞いちゃう?」
「むしろこれを聞かずして、何を聞けと?」

 怜くんの立場を考えると言いにくい。けど怜くんの体調に関することは、桜川くんも知っておかないといけなくて……。
 渋々顛末を話すと、仕える主人が足蹴にされたと聞いて流石にショックだったのか、桜川くんはその場に蹲った。

「れ、怜様が……鳩尾、蹴られっ……」
「わざとじゃないんだよ!? 咄嗟に膝を曲げたら、当たっちゃって!」
「しかも、その後、放置……!」
「ぼ、僕の膝が当たったぐらいなら、少し休めば大丈夫だと思ってね!?」

 オロオロと言い募る僕に、プルプルと震える桜川くん。
 これは怒られるかと思った矢先、軽快な笑い声が部屋に響いた。

「あははははは! 保の前じゃ、怜様も形無しだ! こうしちゃいられない、怜様をからか、違った、様子を確認して来る」
「完全にからかいに行くつもりだよね!?」
「だってこんな面白いことないだろ! ほら、ちゃんと痣になってないかも見てくるからさ。ぷふっ、保に蹴られた場所をな!」
「取って付けたような理由でからかうつもりだ!」

 いつも思うけど、大丈夫かな、ここの主従関係!?
 実は昔、桜川くんに『もっとフランクな対応でも怜くんは怒らないよ』って言っちゃった手前、いつか逆鱗に触れやしないかと心配になる。
 しかしそんな僕をよそに、桜川くんは軽快な足取りで部屋を出て行った。
 この後、とても不機嫌な怜くんを、僕が宥めることになったのは言うまでもない。……一人で置き去りにしてしまったことについては僕も反省してます。痣は大したことなかったみたいで良かった。