蒼空と

 キャンパスから出ようとしたところで、後ろから声がかかった。

「今日は直帰じゃないんだよな? な?」
「…………」

 最近友人がうざい気がする。
 いや、元からか……。

「お前、普段はお世話になっている家に直帰するじゃん? この前は予定合わなかったし」
「今日は家庭教師の日」
「なんなの!? 大学入ってから全然俺と遊んでくれないじゃん!!? お前にとって俺って何よ!!?」
「友人」
「……あ、うん……、親友とか期待した俺がバカでした。うぅ、いいもん、周りには親友ってふれ回っておくから」
「ストーカーか。嫌な思い出しかないな」
「すみません、シャレになりませんでした」

 俺の返事に、背筋を伸ばして雅紀が90度に頭を下げる。
 過去のストーカーの件については雅紀も知っているので、彼なりに誠意を表しているんだろう。
 雅紀の頭を見下ろした流れで落ちてきた前髪を耳にかける。
 そろそろ切りに行った方が良いかもしれない。
 なんとなく顔を晒すのが嫌で伸ばし気味になっている髪は、気を抜くと鬼太郎から貞子状態になってしまう。

「あの……そろそろ頭上げても良いですかね?」

 わざわざ聞かなくても良いのに。

「誠意が足りない」
「申し訳ございませんでしたぁ!」

 変に潔い友人のせいで、最近は周りから女王様呼ばわりされることが増えた。
 うん、もうしばらくこのままでいてもらおう。

「俺がいなくなるまでそのままな」
「え!? ちょっ!?」

 今日も友人は放置することに決めた。


◆◆◆◆◆◆


「えらいね、毎日練習しているの?」
「はい」

 俺が趣味でピアノをしているのを知った近所のお姉さんに頼まれて、蒼空《そら》にピアノを教えることになったのはいいんだけど……。
 あくまで基本をマスターしたに過ぎない素人の俺で、本当に大丈夫なのか不安だ。
 あとあのお姉さんにこんな大きなお子さんがいたことにびっくりだ。

「他の先生には習ってないんだよね……?」
「はい」

 いくら教養の範囲だといっても、やっぱりプロにお願いした方が良いんじゃないだろうか。
 結局お姉さんに『大丈夫ですわ!!!』と押し切られてしまったけど、一体どういうつもりなんだろう。

「もっと上手い人に習った方が良いと思うんだけど……」
「せ、先生もっ……すごく上手だと思います……」
「そりゃ弾けない人に比べたら、ね」

 とくにまだ手も小さくて、あまり鍵盤に指が届かない蒼空なら尚更。
 並んで座って、鍵盤に置かれている蒼空の手を見やる。
 傷一つない綺麗な手は、まだ子供の域を達していない。
 ふわふわと視界の端で揺れる、緩くカーブした色素の薄い髪が、まるで綿菓子のようだと思いながら更に問いかける。

「本当に俺で良いの?」
「はいっ……! ……ぼくは、先生が……いいです」
「そう?」
「お母さんも……、先生は格好良くて素敵な人だからって……」

 顔か、顔なのか。
 お母さん、ミーハーにもほどがあるでしょう。
 そんなことをいわれたからか、俺の中でイタズラ心が芽生えた。

「ふーん……。こんなことしても……?」
「あっ……」

 腕を回してわざとらしく蒼空の太股に手を置く。
 変態って叫ばれるかな? と思ったけど、蒼空の反応は薄い。
 いや、ちょっとびっくりしたみたいだけど、それだけだ。
 冗談半分に警告も交えて始めたちょっかいも、蒼空が抵抗してくれないので引っ込みがつかない。
いいのかなーと思いつつ、置いた手を這わせる。つーっと指を立てると、椅子から伸びた白い足が揺れた。

「……っ……」
「……蒼空くん、嫌だったら抵抗してね?」
「……だ、大丈夫です……」

 いやいやいや。

「我慢してない……?」
「……大丈夫です……っ……」

 潤んだ蒼空の瞳が俺を見上げる。
 嫌がると思っていた手前、こちらが反応に困ってしまう。

「えーと……もしかして、慣れてる……とか?」
「え?」
「流石にそれはないよね……」

 蒼空の反応を見ていても、それはないだろう。
 という以前に、この歳で慣れられていたら、俺はどうしたら良いんだ。

「蒼空くん、こんな風に誰かに不自然な触り方をされたときは、大きい声で『嫌だ!』って叫ばなきゃダメなんだよ?」
「……叫ばないとダメですか?」
「じゃないと、すっごく怖い目に合うからね」

 経験者は語る。おかげで俺は無事だったけど、その後の母の変わりようが怖かった。
 親は注意しなかったんだろうか。
 それとも俺の親のように、一時も目を離さないような育て方をしているんだろうか?
 でもそれだったら、今俺と二人っきりにするようなことはないはずだ。

「先生も……」
「ん?」
「先生も……怖いこと、しますか?」
「……まいったな。蒼空くんは、俺に触られて怖くないの?」

 普通自分より大きな人に触れられたら、誰でも怖いと思うんだけど。

「怖くないです」

 ふるふると蒼空が左右に首を振る。
 俺の警戒心を抱かせない容姿が悪いのか。雅紀と違って線が細いタイプだからな……。

「んー……じゃあ、やってみようか」
「怖いこと……ですか?」
「そう、怖くなったら叫んでいいからね」

 叫んだところで、防音室だから外に声は漏れないだろうけど。
 これで危機感を覚えたときの対処法を学んでくれたらいい。
 ……ピアノを教えるのはどこいった?

「あっ……ダメです、そんなとこ……っ」
「嫌だったら叫んで。あと手は鍵盤の上」

 流石に一番敏感な場所に辿り着くと、蒼空が慌てて俺の腕を掴もうとするのを止める。
 そして格好だけでもと手を鍵盤に戻させた。

「……は、恥かしいときは、どうしたらいいですか?」

 つくづく俺の予想を裏切ってくれる子だな……。
 そう思いながら蒼空のズボンのチャックを開く。蒼空は恥ずかしげにぷるぷると震えるばかりだ。
 しかもちゃんと手は鍵盤に置かれている。素直なのにもほどがあると思う。

「恥かしいときは、そのまま恥かしがってて」
「……で、でもっ……」
「ふふ、小さいけど蒼空くんも男の子だね。可愛いのがここについてる」

 ぴょこんと顔を出した色味の白いそれを手に乗せる。

「あっ……あっ……触ったら、汚いです……っ」
「汚くないよ、蒼空くんのだもん。俺のよりはよっぽど綺麗……」
「先生の、より……?」
「うん、後で見せてあげようか?」
「……はい……」

 この答えには、もう苦笑するしかない。
 何だろう、もしかして最近そういうのに興味を持ち始めたんだろうか。
 痛くならないよう、ポケットから軟膏を取り出す。
 それを手に塗りつけると、蒼空を軽く握った。

「ぁぅ……」
「痛かったらいうんだよ」
「はい……ぁ……あっ……!」

 ちゅっちゅっと手を上下に揺する度に音が鳴る。
 時折、鍵盤に指を置いたままの蒼空が不協和音を奏でた。

「あっ……あっ……せん、せい……ぼく、へん……っ」
「どうしたの?」
「変なっ……感じが……」
「……蒼空くん、自分でしたことある?」
「……はい……っ……でも、こんな感じに、ならな……っ……」

 人に触られるのは初めてなんだろう。
 それに少し安心して、俺はあやすように、蒼空の頭に口を付けて優しくいった。
 顔に柔らかい髪があたって少しくすぐったい。口に含んだら甘いかな? そんなわけないか。

「大丈夫、普通の反応だから、そのまま感じていて」
「は、はい……っ……んんっ!」

 服越しに熱くなった体温が伝わる。
 耳まで真っ赤にした蒼空がぎゅっと目を瞑った。

「あっ、あっ……ふっ……っ、あっ、あっ……」

 ピクピクと手の中でも蒼空が震えているのが分かる。
 時折まだ完全には剥けていない皮の尖端を弄りながら、俺は手の動きを早めた。

「あっ、あんっ……んっ、んんっ……!」
「いつでも、イッていいからね」

 蒼空の頬にキスを落として、唇で軟らかな蒼空の頬を食む。

「あっ! ……んっ、んっ、……せん、せいっ……!」

 リズムに乗れるよう、後ろから蒼空の腰を打つ。
 俺自身も硬くなっていることに、蒼空は気付いているだろうか。
 蒼空が喘ぐ。その度に鍵盤が叩かれた。

「あっ、やっ……あっ、あっ、んんっ! ……っぁ、あっ、あっ、あぁぁぁ!」

 びゅくっと飛び出した精液はそれに留まらず、続けて受けていた俺の手の平を汚した。

「いっぱい出たね」
「……は……ぁ……ごめんなさい、手……」
「いいよ、俺がしたくてしたんだから。今度は俺の番……いい?」
「はい……」

 聞き分けの良い生徒には、どうやら体で教え込むしか方法はなさそうだ。
 結局当初の目的から外れてしまったけど、役得だと思うことにした。