椿と

「すみません、俺の不注意で……」
「い、いいいや! こ、こっちも前見てなかったから気にしないで!」

 横断歩道を渡る際、ぶつかって文句をつけてきたサラリーマン風の男に頭を下げて、上目遣いになるようゆっくり顔を上げる。
 困ったように眉根を寄せる俺と目線が合うと男の頬が赤く染まるのが見えた。

「えっと……あ、そうだ、良かったらお茶でも……」
「そんな、こちらが失礼したのにとんでもない。友人も一緒ですので、これで」

 更に何か言い募ろうとしてきた相手を微笑で制し、足早に歩き出す。
 流石に男が後を追ってくることはなかった。
 しばらく無言で歩いていると、隣を歩いていた雅紀がこちらを半眼で見ながら口を開いた。

「お前、顔が良いって自覚があるだけ性質が悪いよな」
「……ぷーくすくす無自覚な美形が許されるのは小学生までだよねー」
「それ表情一切変えずに、棒読みでいうセリフじゃないからな! 自分で美形っていってんじゃねぇコノヤロウ」
「雅紀だって俺の綺麗な顔が好きなクセに」

 こてん、と首を傾げながらいうと、雅紀は頭を抱えて歩道にしゃがみ込んだ。

「くっそ、勝てる気がしねぇ。これでネコだったら即行で喰ってるのに」

 とくにタチもネコも意識したことはないけれど、ここは放置して行こう。
 さっさと歩き出した俺の後を慌てて雅紀が追いかけてくる。

「ちょ!? 置いてくなよ!?」
「…………」
「何その蔑むような目!? 俺何かしましたか!?」
「……往来で大袈裟にしゃがみ込むような人と知り合いだって思われたくないんで」
「そこ!? 『ネコ』も『喰う』発言もスルーで気になるのはそこなの!?」

 体調不良でもなく、頭を両手で抱えながらしゃがみ込む人間なんて、俺はマンガや小説の中でしか知らない。
 リアルでする奴はじめて見たわー。
 大体しゃがんだ後にいったことなんて、周りに聞こえるような大きさじゃなかったし。

「はぁ……」
「呆れられてる!? 呆れたいのも非難したいのも俺の方なのに、俺が呆れられてる!?」

 おかしい。
 難関大学を余裕で合格するぐらい頭が良く、スポーツも万能で、短く切られた黒髪も相まってか、老若男女問わず爽やかイケメンと評される友人は、何故俺の前ではこうも残念なんだ。

「あ、俺、これから幼馴染の家に行くから」
「えぇ!? 今日は直帰しないっていうから合コ」
「じゃあな」

「────!!!!!」

 後ろから雅紀の叫びが聞こえるが、完全に無視だ。
 何かとうるさい友人のことは早く忘れよう。
 俺は和服の似合うおしとやかな幼馴染の姿を思い浮かべながら、歩みを進めた。


◆◆◆◆◆◆


 ザーと水が流れる音がする。

「あっ、お兄ちゃん!?」

 シャワーの音をバックに、俺は濡れた椿の腰を持った。
 頭からお湯をかぶってしまったので、俺も椿も全身びしょ濡れだ。

「そのまま、前に手をついてて」
「う、ん……」

 とりあえずシャワーを止めて、椿には浴室のドアの方へ寄ってもらいスペースを確保する。
 ドアに手をついてもらったのは、単に俺の邪な気持ちからだ。
 椿は素直に体を反転させて、俺に背を向けた。
 残念ながら今日は洋装だったが、濡れたシャツが肌に張り付いて浮き出た椿の体のラインがなんとも艶かしい。
 男の子なのにも関わらず腰まで伸ばされた美しい黒髪も濡れて体に張り付き、椿の華奢な体を強調した。

 久しぶりに幼馴染の家を訪ねたら、幼馴染の椿が一人で留守番をしていた。
 言いつけられていたらしい風呂掃除を一緒に手伝おうとしたら、椿が手を滑らせてこの様だ。
 一体何を焦ることがあったんだか……。
 何でも難なくこなす椿の不器用な一面を見られたのはラッキーだったけど……こうもしっかり見せ付けられるとなぁ……。
 水に濡れたシャツって、どうしてこう扇情的なんだろうか。
 椿の乳首の形まで綺麗に透けて見える。

「全く」
「ごめん……」

 別に椿を責めた呟きではなかったのだけれど、椿はそう受け取ってしまったらしい。

「着替え……どうしようかな」
「あっ……」

 わざと椿の耳の後ろに口をつけて話した。
 普通の声音で話しながらも、既に手は椿の体を撫でている。

「お父さんの、借りる……?」
「うーん、それはちょっと頂けないな……」

 向こうは気にしなくても、こちらの気が引けてしまう。
 実家が近いから頼めば着替えを持って来てくれるだろうけど──出来れば、母親とは顔を合わせたくなかった。

「おばさん、帰ってくるの早いの?」
「……夕ご飯までには、帰ってくると思う」

 ……あと2〜3時間ってところか。
 濡れただけで汚れたわけじゃないし……乾燥機を借りて乾かせば、ギリギリ大丈夫かな。

「……おばさんが帰ってくるまでは、椿くんが俺のこと温めてくれる?」
「えっ……う、うん……」

 後ろからでも椿の頬が朱に染まっているのが分かる。
 椿からは見えないだろうけど、俺はニッコリ笑って頷いた。

「それじゃあ、お願いするね」

 時間の算段と椿の了承を得て、俺は気兼ねなく行為に集中することにする。

「あっ……」

 椿のズボンをパンツごと下げる。
 ついでに自分の前もくつろげさせた。

「辛うじて下着までは濡れなかったかみたいだね」
「うん……」
「……椿くん、もしかして緊張してる?」

 今日は妙に椿の口数が少ない。
 この状況だから仕方ないのもあるけど、どこかいつも以上に体を固くしているような印象があった。

「ん……だってお兄ちゃん、いつもと……違うし……」
「違う……?」
「……何か……前より、綺麗になった気がする……」
「…………」

 思いがけない言葉に、手も止まる。

「……久しぶりに会ったから、違って見えるだけじゃない?」
「そうかも……でも、キラキラして見えるよ?」

 俺は椿の額に手を当てた。
 熱は……ないみたいだな。

「お兄ちゃん?」
「いや、椿くんの気のせいだと思うよ。俺自身、とくに変わったことなんてないから」
「そう……?」
「今もこうやって……椿くんに欲情してるし……」
「ぁ……」

 勃起したペニスを直に椿の太腿に擦り付ける。
 尖端が椿のものに当たった。
 後ろからぐいぐいと椿を押す。

「……お兄ちゃん、当たってるっ」
「当ててるんだけど」
「んんっ……」

 濡れてしまっているせいか、体が当たると、いつにも増して椿の肌が俺に吸い付いてくる。
 黒髪から覗く椿の白い項が俺を誘った。

「あっ……」

 そこに唇を落とすと、音を立てて跡を残す。
 ここなら、そう誰かに見られることもないだろう。
 首筋から肩へ、キスをしながら俺は頭を移動させた。

「ぁん……お兄ちゃん……」

 椿が俺に顔を向ける。
 強請る視線を受けとめて、椿の小さな唇にもキスをした。

「ちゅっ、気持ち良い?」
「うん……、僕、お兄ちゃんのキス、好きだよ……」
「こっちは……?」

 わざとらしく腰を押し付けると、椿は逃げるように腰を引いた。

「こら」
「やっ……もう、だめ……あんっ」

 首を振って椿がいやいやをする。
 その合間をぬって、ちゅっちゅと濡れた椿から水を吸うように口付けながら視線を下げると、椿のものはもう張り詰めていた。
 どうしようかと思いつつ、そのまま自身で椿を責める。

「あっ、あっ……だめ、だって……んんっ……」
「椿くん、もう少し……太股をしめて」
「こう……?」
「ん、そう……気持ち良いよ」

 いわゆる素股を頼んで、俺は後ろから椿を突いた。

「は……あっ、あっ、あっ!」

 パンパンと椿を打ち付ける音に相まって、ぐちぐちと水音が鳴る。
 時折椿の腰を持つ手で、椿のわき腹を揉んだ。

「やぁっ……! お兄ちゃんっ……だめ……っ、あっ、ふぅっ」

 椿は体を捻るが、俺にとってはささやかな抵抗に過ぎない。

「逃がさないよ?」
「あぅっ……んっ……だって、そこ……いやぁっ」
「どうして?」
「んっ……んっ、びくって……なっちゃ……う、あっ…んんっ、ああっ!」

 尋ねながらも指でなぞると、椿の背が弓なりにしないだ。

「ここ、感じるんだ。椿くん、そういうときは気持ち良いっていって」
「え……あっ……やぁっ」
「気持ち良いから、こっちもこんなになってるんでしょう?」

 自分のものでぐりぐりと椿の性器を押し上げる。

「あっ、あっ……! や……っ、はずか、しい……」
「ねぇ、言って?」

 艶を含むようにしっとりと強請ると、観念したのか椿がちらりとこちらを見て口を動かす。

「ふ……うぅ……っ、気持ち、いい……です……」
「…………」

 まさかの敬語。
 普段タメ口なのに、どうしてそうなった。

「椿くん、やらしい」

 色んな意味で。
 これがギャップ萌え? いや、椿くんは普段から丁寧な感じだけど。

「お、お兄ちゃんが言ってって……!」
「うん、そうだね。だからご褒美あげる」

 それはさておき、気持ちには応えてあげないと。
 俺は片手で椿のものを包むと、そのまま激しく何度も腰を打ちつけた。

「ひあっ! あっ、あっ、あっ、あっ」

 パンパンパンと肉のぶつかる音が浴室にこだまする。
 それに合わせるように椿も鳴いた。

「あっ、んっ、あっ、あっ、あっ……ああぁー!!!」

 椿が射精する瞬間、椿の内腿もしまって、俺も一緒に射精を迎える。
 びゅくびゅくと精液が椿の睾丸に向って吐き出された。
 力尽きたのか、精液が太股に伝っていることも気にせず、椿はそのままズルズルとその場に体を落とす。

「……はぁ、はぁ……お兄ちゃん、温まった……?」
「おかげ様で……でも、まだこれからだろう?」
「ん……お風呂、どうしよう……」

 そういえば風呂掃除の途中だった。

「先に洗ってしまおうか」
「うん」

 ついでに椿も一緒に洗ってあげよう。
 そう心の中で思ったのは、内緒の話。