002

 目覚めるとそこは……ベッドの上だった。
 しかし病院のでもなければ、自宅のでもない。
 豪奢な天蓋付きのベッドだ。しかしデザインはどこか禍々しい。シーツの色からして紫だし。どんな趣味してんだ。
 気になって自分の体を見下ろす。
 五体満足どころか、傷一つなく、見慣れたいつもの安いスーツを着ている。これぞ社畜の戦闘服。

「んんんんん?」

 事故に遭って、白い世界にいたことは覚えてるんだけど…この状態を見るに、事故に遭った形跡すらない。
 ていうか声も普通に出てるわ。

「あーあれが夢で、これが現実? むしろこっちが夢? もういっそ全部夢?」

 それだったら楽だな。もうその線でいいか。
 人はこれを現実逃避と言うんだろう。でもさ、今の状況わけ分からないんだよ。どうしろって言うのさ。

「もう一回死んでみるとか?」

 うん、それで答えが出る気がする。
 だからこれは一番最後の手段だな。
 夢にしろ現実にしろ、とりあえず現状を把握するところから始めるか。
 ベッドはふかふかで気持ち良い。シーツの触り心地もとても滑らかだ。もしかしてこれがシルクと言うものですか?
 室内は暗い。
 だけど目が慣れたのか、思いのほか鮮明に見渡せる。
 天蓋付きのベッドの時点である程度はお察しと言うか……あれだね、庶民の感覚からかけ離れた部屋だね。
 ついでに言うならゴシック。ヴィジュアル系?
 ヨーロッパにあるお城の室内を想像してもらいたい。その壁紙の色調を黒に変えてもらったら今俺が見ている光景が出来上がると思う。
 広さは20畳ぐらいは余裕であるんじゃなかろうか。もしかして30畳までいっちゃう?
 ドデンッと壁際中央には今俺がいる天蓋付きのベッド……多分キングサイズが。その隣には重厚なサイドテーブルと一人掛け用の椅子が置かれている。少し離れたところにこれまた年代物だと思われるソファーと横長のテーブルが設置されてるけど、あれ大理石じゃないよね? なんか光沢のある石材に見えるのは気のせいだよね?
 ここまで来たならいっそ60インチの液晶でも置いたらどうかと思うけど、部屋の雰囲気に合わないか。

 だからどこだよ、ここ!?
 んでもって俺はどうしてここにいる!!?

 確かなのは、今回は目の前に水色のスライムもどきがいないことだ。変な鳴き声も聞こえない。
 そもそもあそこは死後の世界じゃなかったのか。
 俺が立てた推測は大間違いか。魂の洗浄的なこと言っちゃったよ恥ずかしい。
 記憶は相変わらず曖昧だけど……あの白い世界にいた時にあった分は残ってるみたいだ。

「でもやっぱり名前は思い出せないのな……」

 ついでに家族とか、友人とか……人間関係の記憶はことごとくダメな気がする。
 いや……関係を持った存在がいたことは分かるんだけど、その人の名前とか固有名詞が思い出せない。
 事故のショックで飛んだとかかなぁ。
 でも今の俺、怪我してないんだよね。
 俺の推測が当たっているなら転生したことになるけど、それなら何故俺は赤ん坊じゃないんだ。
 普通に大人だし、外見も変わってない。しかも服まで揃ってる。
 どちらかと言えば召喚されたという感じだ。しかし召喚されたような雰囲気もない。
 あれ、そういえばスライムもどきに食われるとき、何かスキルとか聞いたような……?

「ものは試しだ。ステータスオープン」


名前:−−−
種族:邪神
信仰:レベル1
属性:闇(吸収)
技能《スキル》:
 光耐性
 威圧無効
 物理攻撃無効
 魔法攻撃耐性
特技《スペシャルスキル》:加護付与


 あっはっは。
 とりあえず笑っとけ。
 何だよ、ステータスオープンって。厨二かよ。なんで開けるんだよ。開くって言っても頭の中に浮かび上がってくる感じだけどさ。
 名前はやっぱりないんだねー。邪神って種族のカテゴリーなの? ていうかもうツッコミ所多すぎて無理。

 一つ分かったのは、ここが異世界だということだ。
 前の世界にステータスオープンで開くステータスなんてなかったからな。
 結局のところ転生なんだろうか召喚なんだろうか? ステータスの内容から考えるに転生の可能性が高いか?邪神を召喚したのなら、もっと仰々しいお出迎えがあっても良いはずだし。
 どっちにしろベッドの上にいるという不可解さはなくならないけど。気にするだけ無駄だろうか。

 夢なら夢で、現実なら現実で……楽しめたら一番だけど、何も分かってないのには変わりないんだよな。
 物理攻撃無効ってあるから、痛い思いはしなくて済むんだろうか。
 『無効』と『耐性』があるってことは、あくまで耐性はダメージ軽減で、食らうには食らうってことだよな。
 そんなことをつらつら考えていたら、室内に唯一ある重い扉が開かれた。
 それに呼応するように、明かりが灯る。

「貴様が今日の夜伽の相手か?」

 魔王様がいた。
 なんというか…魔王様だ。魔王様としか言いようがない。
 雄羊のようにとぐろを巻いた角は漆黒で、体の縁を彩る長く伸ばされた髪も黒く艶をのせている。
 彫りの深い顔立ちに、よく見ると瞳も黒いのか? それはもう筆舌に尽くし難い美丈夫がそこにいた。
 もしかして後ろに見えてるのは尻尾ですか? なんかドラゴンを彷彿とさせる尻尾ですけど。

「ふんっ、まさか人族のガキを連れて来るとはな。よく適応者を見つけたものだ。……しかし貴様、余が恐ろしくないのか?」

 むしろ感動している。
 こんな人(?)実在するんだね。一人称『余』とか!
 しかも声まで腰にくる魅惑の重低音とくれば、もう完璧だと言わざるを得ない。

「ここにいられるくらいだ、闇の耐性ぐらいはあるのだろう」

 耐性っていうか、属性の上に吸収ってありましたけどね。闇属性の攻撃されたら吸収出来るってことかな?

「……なんだ怖がっていないと思ったが、恐怖のあまり目を開けたまま気を失っているのか?」
「いや、現状把握でいっぱいいっぱいで」

 流石にずっと黙っているのは悪いと思って返事したら、驚いた顔をされた。
 しかしそこは魔王様、少し目を見開いたぐらいで、取り乱した感じはない。

「何か?」
「貴様何者だ? 何故、余を前にして普通に話せる」

 どういうこと? ……そういえば、これだけの美形を前にしてるのに、俺、全然緊張してないな。

「あー……威圧無効持ってるから?」
「有り得ん、それはレベルに比例する。まさか貴様のような者が余のレベルに近いとでも?」

 うん、レベルの基準が分からないけど、目の前の魔王様はどう見てもラスボスレベルですよね。
 というか俺、信仰のレベルでさえ『1』だしね。近いわけないよね。
 あれ……?

「レベル?」
「ふむ、申してみよ。薄っぺらそうな見た目だが、余の相手をするのだ、それなりにはあるのだろう」

 薄っぺらいのは余計だと思います。
 レベルの項目ってあったっけ? 頭の中で、ステータスを開く。


名前:−−−
種族:邪神
信仰:レベル1
属性:闇(吸収)
技能:
 光耐性
 威圧無効
 物理攻撃無効
 魔法攻撃耐性
特技:加護付与


 レベルどこー? ……それともあれか、邪神っていうぐらいだし、この信仰のレベルが俺のレベルになるのか?

「多分……レベル1」
「ほう?」

 あ、冗談言ってると思われてる。

「よく分からないんだよね…俺のステータスを魔王様に見てもらうことは出来ないの?」
「……出来るわけがない、ステータスとは己の魂を己の中で具現化したものだ。貴様、余をからかっているのか?」

 そうか他人には見れないのか。
 そして俺の常識のない受け答えに魔王様が機嫌を悪くしてらっしゃる。どうしよう。
 多分今の俺なら瞬殺されるよね? 魔法攻撃耐性あっても、魔王様の魔法攻撃とか超強そうだし。
 ここは素直に謝るか。

「すみません、この世界の常識に疎くて…っ!?」

 目に見えない速さで押し倒された。

「戯言はもうよい。それだけ口がきけるなら、余程良い声で啼《な》けるのだろう?」

 これはあれですか。もしかして貞操の危機ですか。部屋に入ってきたとき夜伽がどうのって言ってましたもんね。
 脱がすのも煩わしいのか、魔王様は乱暴に俺の着ている服を剥ぎ取る。

「なんだこれは?」
「……分かりません」

 結果、剥ぎ取られなかった。
 魔王様の赤く尖った爪に傷付けられることもない。
 もしかして……。

「物理攻撃無効?」

 シャッ

 赤色の筋が空中に走る。
 いつの間にか魔王様は手に大剣を携えていた。刃が赤いってどんだけ。
 それが俺を貫いている。しかしダメージはない。

「傷、出来てる?」
「…………」

 頭を起こして突き刺さってる部分を見る。血は出てないようだ。
 接触面はどうなっているんだろうとシャツのボタンを外す。自分では脱げるみたいだね。

「んー?」

 剣は確かに俺を貫いている。
 しかし一緒に切られたはずのシャツを引っ張って刃から外すと、引き裂かれることもなく、元の形に戻った。
 試しに体を横にズラしてみる。
 何の抵抗もなく動けた。剣は位置を変えていないし、俺の体も傷付いてない。これは物理攻撃無効というより、俺に実体がない?

「今一度問う、貴様何者だ?」
「種族で言うなら邪神」
「何故邪神がここにいる」
「気付いたらここにいた。そもそもここってどこ?」

 魔王様は突き立てていた大剣を戻すと、体に魔力を纏い始めた。魔王様の周りで黒い稲妻のようなものがバチバチ言ってるから、それで当ってると思う。ちなみにベッドにはパッカリ穴が出来てました。
 しかし絵になる。
 魔力によって浮いた髪が、ゆったり空中に広がっていく光景に思わず見惚れてしまう。

(おいしそう)

 ふいにそんな考えが頭を過ぎったのと同時に、集められた魔力が矢の形になり俺に殺到する。
 ベッドが爆散した。
 一瞬のことで、目を瞑る暇もなかった。
 呆然とする俺の前に、同じように呆然とした魔王様がいた。

「もしかして今のって闇属性?」
「そうだが……」
「あ、俺、闇属性は吸収しちゃう」
「だから部屋が吹き飛ばなかったのか」
「えっ部屋を吹き飛ばすレベルだったの!?」

 ベッドに被害が出たのは、攻撃に伴う衝撃が残ったからか。もちろん俺にダメージはない。
 何となくおいしそうに思えたのは、闇属性だから?

「……試しに、他の属性で攻撃してもらえる?」
「闇以外なら効くと?」
「魔法攻撃なら……耐性しか持ってないから」
「…………」

 魔王様は無言で魔方陣を展開し始めた。……ねぇ、ちょっとそれ大きくないですか? 魔方陣なんてゲームやアニメでしか見たことないけど、今展開されている魔方陣が凄まじい魔力を帯びてるのは何となく分かる。
 オーバーキルのような気がするけど、検証のためだ、もうなるようになれ。
 俺は静かに魔法が行使されるのを待った。

 場を制したのは灼熱だった。
 赤、赤、赤。見渡す限りの赤が踊る。
 ゴォッと燃え上がる音が聴覚を支配する。だが、それだけだった。
 熱くはない。
 ただ俺を中心とした周囲は見事に消し炭になっていた。ベッドの残骸もない。壁も天井もなくなり、見上げると綺麗な星空が広がっていた。月が二つあるように見えるのはご愛嬌だろう。

「まさかな……」

 声に誘われた蒸気の先では、魔王様が難しい顔をして腕を組んで立っていた。
 その後ろから慌てて人がやって来るのが見える。

「陛下! 敵襲ですか!?」
「いや、余がやった。下がっていろ」
「はっ」

 魔王様、ガチで魔王様だったんですね。
 すぐにいなくなったけど、来た人も明らかに人外だったし。どうやら俺の存在には気付いていないようだった。これだけモクモクしてれば視界も悪いよね。
 呆けて座ったままの俺を、憮然と魔王様が見下ろす。

「効かぬではないか。範囲を絞ったとはいえ、最上級魔法を放ったのだぞ」
「うん……」

 釈然としない魔王様。俺も釈然としません。
 試しで最上級魔法とか、俺どれだけ過大評価されてるんですか? 最初、人族のガキ扱いしてたよね? マジで殺しにかかってやがる。

「どうやら本当に邪神らしいな。そうでないと説明がつかん」

『信仰がレベル2に上がりました』

 お? レベルが上がった?
 魔王様が認めてくれたおかげか、脳内に言葉が浮かぶ。
 俺がその意味を考える間もなく、魔王様が物騒なことを言い放った。

「魔剣も効かず、最上級魔法を効かないのであれば、お前はどうやったら消滅するのだ」
「そんなに俺を消したいですか……」
「早い段階で対処することに越したことはなかろう。幸いまだレベル1で生まれたばかりらしいしな」
「あ、今さっきレベル2になったよ。それと俺が言ったのは、あくまで信仰のレベルだから」
「…………」

 ぐっと魔王様の眉間に皺が寄った。
 心なしか立派な尾も不機嫌にうねっているように見える。

「よ、要領を得なくてゴメン。えーと、俺のステータスなんだけどさ、上から名前、種族、信仰……」
「ちょっと待て、本気で言っているのか」
「うん、だって聞いてもらわないと分からないし。俺も誰かに説明してもらいたいし」
「だからといって己の魂を晒す奴がいるか!? ステータスを他者に伝えるのは、己の全てを曝け出すのと同意義だぞ!?」

 怒られた!
 今度はガッと尾を立てた魔王様の怒声が響く。あまりの気迫に思わず目を閉じてしまった。
 しかし魔王様、俺のこと消すんじゃなかったのか。そのためには俺のステータス把握しておいた方がよくない? 何故怒る。

「えっと……魔王様にしか言うつもりないし……」
「それがそもそも有り得ん。余は貴様を消滅させると言っている相手だぞ? その相手に貴様は!!!」

 なんだろう、魔王様、実は良い人なんじゃ……。

「これが邪神というものなのか……」
「いや、そこで納得されるのは、俺もいささか腑に落ちないものが……すみません、睨まないでください」
「そういえば自分が何故ここにいるのかも分からないと言っていたな。どうしてそう無知なのだ? 人族はお前に何も教えなかったのか」
「そもそも人族に会ってません」
「どういうことだ。お前は人族に乞われて、世に降りて来たのであろう?」
「えっ」
「……まさか魔族が?」
「俺が“降りて”来たのは、ここですが」

 正確に言うなら目覚めたのは。多分同じことだろう。
 ここ、と言って俺はベッド跡地を指差した。

「ほう? 余の寝所で神降ろしの儀を行った者がいると?」
「えーと、その神降ろしの儀をしたら神様って降りてくるものなのか?」

 この世界では、神様って簡単に召喚されるものなんだろうか? 邪神がいるってことは、唯一神っていう考え方ではないんだろうけど。

「余も詳しくは知らぬ。元々『神』というものは人族が生み出した概念だ。神に仕える人族は神降ろしの儀にて神を降ろし、神託を受けると聞いている」
「人族が生み出した概念……」
「だから貴様も人族の見た目をしているのであろう?その方が受け入られやすいからな。あれらは異端を嫌う」

 最後の言葉は苦々しく、実感がこもっていた。どうやら人族との関係は良好ではないらしい。
 俺の見た目は前世(召喚された可能性も捨てきれないが、便宜上)から引き継がれたもののはず……そうだ引き継がれた。

 『神』が人族の概念でしかないのなら、それはとても曖昧な存在といえるだろう。もしかしたら姿形すらないのかもしれない。
 前の世界でも宗教によっては神の偶像化は禁止されていた。
 だとすれば、俺がイレギュラーなんだ。俺は“俺”を定義する記憶を持っている。それはこの世界の人族によって作られたものじゃない。
 あぁ、そうか。
 だから『邪神』なのか。
 人族が生み出した概念だったはずのものが、“俺”という異物が入ったせいで変質してしまった。
 あの白い世界で、完璧に魂の洗浄が行われていれば、俺の魂は『神』という概念としてこの世界に降りていたのかもしれない。
 きっと魔王様の言う『邪神』は、『邪教の神』のことを言っている。
 邪教においても『神』は『神』だ。しかし俺は『神』の道から外れてしまった『邪神』。この二つはきっと同じじゃない。

「ちなみに降りてきた神様って神託の後も居続けるもの?」
「……分からぬが、余の知る限りではおらぬ。神託も、神官やら巫女が代弁するのが常だからな。そんなものがおるなら、とっくに魔族は人族に駆逐されておるだろうよ」
「なるほどなー。ところで俺を消滅させる方法だけどさ」

 俺の言葉に、魔王様も察しがついてるようだった。
 ため息交じりに聞いてくる、悩ましい姿は色っぽいです。

「あるのか?」
「ないと思う」

 元々俺のステータスにはレベルがなかった。そしてHPもMPもない。他の人にもあるのか分からないけど、魔王様の攻撃を受けても無傷な現状を考えるに、物理や魔法によって俺を害することは出来ない。
 確かに今の俺には姿形がある。
 魔王様に押し倒されたり、ベッドの感触を楽しんだりすることは出来るけど、それは“俺”という意識があるからで、俺の本来の魂はこの世界では実体を持たないんじゃないだろうか。
 『神』と言われるものならそうだろう。

「光でもか」
「その可能性は捨てきれない。もしかしたら光属性による攻撃なら通るかもしれない。俺の属性は闇だし、光は耐性しか持ってないから。けど同じく耐性しか持たない魔法攻撃で傷が付かなかったことを考えると…」

 俺の持ってるスキルって、どうも俺に対してのものじゃないっぽいんだよなぁ。スペシャルスキルにある加護付与ってのがきな臭い。

「俺、死ねないのかな?」
「知ったことか」

 さじを投げられた。
 俺とのやり取りに疲れたのか、魔王様は脱力気味だ。そういえば寝に来てたんだったな。

「そうだ、貴様は攻撃を受けないが、攻撃を与えることは出来るのか?」
「出来ないと思う。方法も知らないし」

 なんとなくそう思う。俺が人に干渉出来るのは、簡単な物理的接触と──。

「なら余はもう感知せぬ」
「待って、待って、一つだけ。……魔王様は『神』を信じる?」
「ハッ、力が全てものを言うのが魔族だ。己の力以外に頼るものなどない」
「でも俺のことは認めてくれたよね?」
「現に目の前にいるからな。傷付けることは叶わぬが、触れることは出来る。こんなデタラメな存在、邪神として認めるしかあるまい」

 だったら大丈夫かな? そう思う俺に応えるように、頭に言葉が浮かんだ。

『加護を付与しますか? はい/いいえ』

 俺はにっこり笑って魔王様に告げる。

「そんな、はじめて俺の存在を認めてくれた魔王様に、俺の加護を与えます」
「何? ……っ!?」

 瞬間、黒い霧が魔王様を包み、淡い紫色の光を宿す。
 しかしすぐにそれは消えた。
 それでも俺と魔王様が繋がったのが分かる。なんだろう今まで感じたことのない感覚で、魔王様の存在をとらえることが出来た。

「ちなみに付与されたスキルは、光耐性、威圧無効、物理攻撃無効、魔法攻撃耐性であってるかな?」
「……信じられん、スキルに『邪神の加護』が増えた。だがその詳細までは分からぬな。本当に光耐性を付与されたのなら僥倖だが」
「そうか、詳細までは分からないのか…でも俺、信仰レベル2に過ぎないから、大きな恩恵はないかもしれない」
「ふむ…しかし恩恵を得られるのならば、野放しには出来ぬな。先ほど感知せぬと言ったのは取り消そう」
「え゛」
「敵対勢力に加護を与えられても困るからな。しかし捕縛する方法がないか…接触が出来るなら、檻には入れられるか?」

 言うなり魔王様はガッと俺の腕を掴む。相変わらず動きが速すぎて見えない。尻尾まで体に巻き付いてきた。硬い鱗の感触が背中に伝わる。不思議とほのかに温かかった。
 さっきの灼熱は感じなかったのに、体温は感じるから不思議だ。感じる温度に上限とかあるんだろうか。
 それにしても俺の善意にこの仕打ち。躊躇なく行動するところは流石魔王様だ。
 しかし俺もその可能性を考えなかったわけじゃない。
 大剣が体を貫いたときのことを思い出しながら、俺は掴まれている腕を魔王様の手から“ズラした”。

「チッ、無理か」
「舌打ちするのも堂が入って格好良いとか……。んーでも折角の縁だし、俺、何気に魔王様のこと気に入ったし、しばらくお世話になってもいい?」
「……よかろう、方法がないとも限らぬしな」
「不束者ですが、よろしくお願いします」

 魔王様の尾がまだ巻きついたままだったので、少し姿勢を正して頭だけ下げる。
 別に通り抜けても良いんだけど、寄り添うように巻きついた尻尾は、圧迫感がなくて心地よかった。

「そうと決まれば、寝るか」
「ベッドないけど?」
「寝所はここだけじゃないからな。貴様も寝るのか……?」
「必要あるかは分からないけど、心情的には俺も休みたいです」
「では部屋を用意させよう」
「魔王様と一緒でもいいよ?」

 なんとなく軽い気持ちで言った言葉だった。
 魔王様がチラッと俺を見る。

「……まぁ、よいか。ついて来い」

 その言葉に従って、俺は魔王様と一緒に無残な寝室を後にした。
 壁とか天井とか無いに等しいけど、これってすぐに修理出来るんだろうか? 出来ると信じたい。


◆◆◆◆◆◆


「えーと……」
「一緒に寝ると言ったのは貴様だぞ?」

 言ったけどもさぁ。

「魔王様が俺の掛け布団になるの?」
「面白いことを言う」

 全然面白いと思ってる顔じゃないんですけど。
 体格の良い魔王様が俺に覆い被さると、外からじゃ俺がいるの見えないんじゃなかろうか。
 今の俺は魔王様という闇に包まれていた。
 どう考えても“致してしまう”流れですね……。

「あまり人族は虚弱過ぎて相手にせんのだがな。その点、貴様なら大丈夫だろう」
「体の構造とかって変わらないんです?」
「内臓は大してそう変わらん」

 生々しい話になってきた。
 しかし……なぁ……絶対魔王様のデカいぞ。ナニとは言わないけど。

「というか服着たままだけど」
「自分でなら脱げるのであろう? 別に着たままでも問題ない。刃は貫通したのだしな」

 まぁ、ぶっ挿せますわな。
 これって攻撃の内に入るのかな? だったら痛みは感じないだろうけど。

「全くもってムードがない……」
「悪いようにはせぬさ。すぐに自ら泣いて縋るようになる」

 楽しそうに魔王様が笑った。
 俺という玩具でどう遊ぼうか考えているのが分かる。
 うん、気持ちは良く分かるよ、俺もどっちかというとSだからさ。友人にはドSって言われてたけど。そんな、俺ごときがSを極められるわけがない。

「しかしこうして間近で見ると、生まれたてなのも頷けるほど顔が幼いな」

 指で魔王様が俺の輪郭をなぞる。器用なことに長く伸ばされた爪が当たることはない。

「人族の中でも童顔な人種でね、これでも成人してるぞ」
「ふむ、そうなのだろうがな……珍妙だ」
「平凡顔な上に目つきが悪いのは自覚してるよ。俺相手に勃つの?」
「貴様で目つきが悪いと言うなら、魔族は大半がそうだろうな。貴様程度の顔なら問題ない」

 それを言われてしまったらねぇ。
 少しでも気分を出そうというのか魔王様がゆるやかに俺を撫でていく。
 首筋から鎖骨へ降りていく指先が思いのほか優しくて、さっき俺を捕まえようと力任せに掴んできた手と同じだとは思えなかった。

「魔王様って色男だよね」
「何を今更」

 当然のことを。と魔王様は鼻で笑う。
 それが全く嫌味ったらしくないのは、この人だからだろうな。
 触れてみたくなって俺も魔王様の顔に手を伸ばす。魔王様は面白いものを見るかのように俺を観察した。手が振り払われることはない。

「綺麗だ」

 艶を含む瞳も、ツンと高い鼻も、弧を描く薄い唇も、体が纏う空気も全て。
 美しい。
 造りだけじゃなく、そこに力強い生命があることが見て取れるからこそ、圧倒される。
 俺なんかより余程『神』が似合う存在だ。
 じっと見つめているとその顔が近付いて来た。

「……ん」

 唇を食まれる。そのまま味を見るように舐められた。
 彼の頬に触れていた手を後頭部へ持っていき、俺は自分から口を開いて入ってくる舌を受け入れた。
 長い舌が俺の舌を絡め取り、口内を蹂躙していく。
 上顎を舐められるくすぐったさに背中が震えた。

「……ふっ……んん」

 唾液が流れ、お互いの舌が動く度にぴちゃぴちゃと音が鳴る。
 あー…これは気持ち良い。
 重ねられた体から伝わる体温と、舌先で直に触れ合う安心感。ほんのりとした熱に体が包まれる。そこに焦燥や畏怖はない。

「は……ん……」
「…………」

 魔王様も俺を暴こうとはせず、まるで俺の全てを舐め取ろうとするかのように、口内に舌を這わせ続けた。
 流れる唾液が溢れ、時折こくりと喉を鳴らす。
 何度も何度も、角度を変えて口付けられる。
 俺ももっと欲しくて、積極的に舌を絡めた。
 気持ち良くて、自分でも目尻が下がっていくのが分かる。
 イタズラを仕掛けるように、たまに舌を吸われる刺激が心地良い。体の芯が煽られる。
 シュルシュルと聞こえるのは、魔王様の尻尾がシーツを撫でる音だろうか。
 彼も気持ち良いのかな?
 聞いてみたくなって、少し口を離す。

「んんっ!」

 声を掛ける間もなく、まるで逃がさんとばかりに口を吸われた。魔王様の舌が俺を追い立てる。

「ちょ……っ……」

 待って。という言葉は音にならない。唇を放してもらえない。
 なんとなく温もりを放したくない気持ちも分かるけど。
 叶うならずっとそうしていたいような……そんな気持ちも分かるけども。
 ……致し方ない。

「っおい!」
「いい加減にしなさい」

 例の如く、俺は体を起こすように“ズラした”。
 そのまま魔王様を通り過ぎる途中、目に付いた尻尾の付け根をピシャリと叩く。

「はぅっ」

 はぅ?
 魔王様が背中をしならせる。
 え、今の声、この人から出たの? え?
 半信半疑で体を反転させ、今度は俺が魔王様の上になると、ちょっと邪魔だった尻尾を体の横に来るように動かす。

「んぁ…っ」

 ビクンッと肩が跳ねるのが見えた。
 俺の中で熱い何かが湧き上がる。

「気持ち良い?」

 聞きながら形の良い尻を両手で揉みしだく。
 力を込めると、より反応が顕著に表れた。

「あぁっ! ……く、こんな……なぜ……っ」

 分からない。
 理由は分からないが、魔王様は大変敏感になっているようだった。これを逃す手はない。
 うねる尻尾に邪魔されながら、手を太ももや体の内側に這わせていく。
 窮屈そうだった前を寛げさせると、大きくなった魔王様のペニスが跳び出してきた。
 俺の腕ぐらいあるんですけど……なんていう凶器だよ。
 その凶器は既に濡れて光を帯びている。

「はぁ……はぁ……」

 荒い息遣いは魔王様のものだ。
 額を枕に押し付けて、翻弄される波に耐えているようだった。
 しかし俺は突き動かされる衝動のまま、行為を続行する。

「あっ! 待て……っ」
「一回出したら、楽になるかもよ?」
「ぅっ……んんっ」

 魔王様の腰に抱きつくようにしながら、片手でペニスを掴むと上下に扱く。
 亀頭までの距離が長い。
 くっちゅくっちゅと水音を立てる度、強い芳香が押し寄せた。
 湿気を含んだ熱気に自分の体も熱くなっていく。
 浅い息遣いが聞こえる。それをBGMにスピードを上げながら睾丸を片手で弄んだ。

「くぅっ! ……ぁっ、んっ……も、ぅ」
「イきそう?」
「…………」

 こくこくと首を動かす魔王様が可愛らしい。
 こんな大きな図体でその小さな動きは反則だろう。
 たまらなくなって目の前にあった腰を食む。ちゅっちゅときつめに吸って跡を残すと、魔王様が震えた。

「あぁっ、あっ! ……っ……うっ……」

 止めに尿道口を指先で引っかいてやる。
 カッと熱が上がるのが分かった。

「ふぁ、……っ……あーーっ!!!」

 勢い良く吐き出される精液が、びちゃびちゃと水溜りを作る。
 独特の香りが広がった。
 なんだろう、甘い匂いがする?
 自分でも嗅ぎ慣れたもののはずなのに、違和感を覚えた。
 匂いの正体を知りたくて、うつ伏せから仰向けになるよう魔王様の体を補助する。
 魔王様は億劫そうにしながらも、俺と正面から向き合った。
 瞳は濡れて、目尻が赤くなっている。
 どこか幼くなった表情に愛らしさを感じて自然と頬が緩くなる。
 甘い匂いは……やはりアレだろうか。

「おい……?」

 他人のものだというのに、嫌な感じは全くしない。
 見たことのない大きさに驚きはするものの、俺は躊躇なくソレを口に含んだ。

「なっ……っ……なにをっ」
「あふぁい」
「はっ……?」

 大き過ぎるので、とりあえず亀頭だけ。
 ちろちろと残滓を舐め取って、尿道口に残った分を吸い取った。

「ぅあっ……」
「ん……ちゅっ……はぁ、これは新発見」
「……何がだ」

 迫力のない目で魔王様が俺を睨む。

「魔族の精液って甘いの?」
「はぁ? そんなわけあるか。……くそっ、こっちに来い」
「何?」

 呼ばれる理由が分からず、首を傾げる。
 俺としてはもうちょっとこれを味わいたい。自分でもどうかと思うけど、おいしいと感じてしまうのだから仕方ない。

「いいから……キスがしたいんだ」
「…………」

 照れからか、後半の言葉は尻すぼみだった。
 目線も俺から斜め下にそらされている。
 魔王様は可愛さも魔王級なの? 物理も魔法も効かないから可愛さで俺を萌え殺す気なの?

「今キスすると魔王様の口に付いたま……ぅわっ!」

 待ち切れなったらしい。

「んっ、んっ……」

 俺を引っ張ってその腕に抱きとめると、必死に魔王様が俺に吸い付いて来る。
 間近で見る、伏せられた目を縁取る睫の長さに改めて感嘆した。
 強請られるままキスを返していると、次第に落ち着いてきたのか、舌の動きがゆっくりになる。

「ふっ……ん……ちゅっ……満足した?」
「もっと……」

 もういいかな? と距離を取ろうとすると追い縋って来る。
 唇を放す気はないらしい。

「貴様とのキスは気持ち良い……」

 とろんとした顔で言われたら、俺も満更じゃないです。
 ちゅっちゅっとキスで返事したら、嬉しそうに笑われた。
 やめて俺の萌えライフはもうゼロよ。
 前世を省みるに俺に手管があるとは思えない。
 アレが甘く感じるのも合わせて、きっと邪神のアビリティだろうなぁ。

『信仰がレベル3に上がりました』

 …………。
 レベルの上がる基準が分からないよ!?
 存在を認められてレベルが上がるのは分かるけど、エロいことしたらレベルアップするってどういうこと!?
 いいの!? エロいことしまくればいいの!!?

 とりあえず……エロチート転生、万歳?