001

 光が視界を奪う。
 眩しい。そう思った瞬間に聞こえるスリップ音。

 キキィーーッ

 暗い夜道で、迫り来る車を避けることも出来ず、俺は立ちすくむだけだった。
 時間の流れが変わる。車のヘッドライトがゆっくりと自分に近付いて来る。
 これは死ぬなぁと他人事のように思った。
 痛いのは嫌だ。どうせなら気持ち良く死にたい──俺の意識は、そこで途絶えた。






◆◆◆◆◆◆


「マケー」

 気付いたら、目の前に水色の物体がいた。ぷるぷる体を揺らしながら、奇妙な鳴き声を発している。
 スライムか?

「マケーマケ、マケー」

 スライムって鳴いたっけ?
 よく見れば、水色の物体は尖った耳と先に球体のついた尻尾を持っている。
 しかし動物らしさはない。
 棒状の目とひし形の口らしきものもあるけど、表情がない。
 スライムが擬態に失敗したんだろうか?
 いや、待て。
 そもそもここはどこだ?

「マケー」

 目の前にはスライムもどき。
 それ以外のものはない。
 白い世界だった。
 自分を見下ろしても、何も見えない。
 体が、ない。
 スライムに手を伸ばそうと思っても、何も起きない。だって腕がないんだ。でも考えることは出来る。

(俺は死んだのか)

 声に出して言ったつもりでも、それが音になることはなかった。
 思い出せる直近の記憶は、眩いばかりの光と耳障りな音。そしてきっとその後には衝撃が来たんだろう。
 痛みを感じる間もなく死ねたのは不幸中の幸いだ。
 ということは、ここは死後の世界なのか?

「マケー」

 じゃあこのスライムもどきは何だ?
 死後の世界の水先案内人?それならせめて意思疎通が出来る相手にしてくれ。

「マケッ」
(何を言ってるのか、全く分からん)

 しかしどうすればいいのか。
 想像するに、多分今の自分は魂だけの存在だ。
 だからだろうか、記憶がどうも曖昧になってる気がする。知識が完全になくなってしまったわけじゃない。“俺”という人格もある。
 しかし思い出そうとしても、思い出せない記憶がある。
 自分の名前だ。
 確か事故の前は、会社に遅くまで残って……あぁ、だめだ、崩れていく。
 記憶の糸を手繰ろうとすればするほど、その先にある答えがおぼろげに消えていく。
 だめだ、これでは。このまま全て消えてしまえば、“俺”を定義するものがなくなってしまう。

「マケー?」

 表情は相変わらずないが、なんとなく首を傾げたように見えた。

(もしかして、ここはそういう場所なのか?)

 魂に付着した記憶を洗い流す場所。
 ここで洗われて真っ新になった魂が、また新たなものに宿る。
 ただここにいるだけで洗われるなら、とくに説明もいらない。ただ待てばいい。記憶が全て綺麗になれば考えることもなくなるだろう。

(その過程を見守るのがお前なのか?)

 聞いても答えは返ってこない。
 まぁ、そもそも全て俺の想像でしかないんだけど。 
 夢落ちっていう可能性もあるしな。目が覚めたら病院のベッドの上とか。
 これ以上考えても詮ない──、

(うぉおおい!!!?)
「マケー」

 大きく開かれる口。
 近付く水色。

 結局、ここがどこなのか分からないまま、俺は水色のスライムもどきに食われた。


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『スキルに光耐性、威圧無効、物理攻撃無効、魔法攻撃耐性を獲得しました』