004─中等部編─

「こちらはオンディーナという青バラの一種でございます」
「青いバラって存在したんですか?」

 病床に伏していた僕に花の知識はないけど、確か不可能の代名詞じゃなかったかと前世の記憶が告げるので、思わず声を上げてしまった。
 更に記憶を探れば前世の世界では遺伝子を組み換えるという技術で成功例があったみたいだ。

 はじめて間近で目にした花壇は、春の優しい日差しの中、色んな形の花弁を開かせていた。
 ククの実など、前世にはなかった食べ物もこの世界にはあるけど、花は前世の記憶にもあったものが多く見受けられる。

 庭師の説明に耳を傾けながら一種類ずつ見ていく中で、一際存在感を放っていたのは、やはりバラだ。
 一重にバラといっても様々な色が存在することを知って驚く。赤やピンクだけじゃなく、黄色やオレンジ色のもの、そして青いもの。

「いいえ、バラの原種では青色のものは発見されませんでした。現在青バラと呼ばれるものは、赤バラから赤い色素を抜くことによってなり得た……どちらかといえば紫色に近い品種のことを指します。しかしシリル様は博識でいらっしゃいますな、よく青バラが原種バラにはないことをご存知で」

 いえない。前世の記憶がそのまま通用しただなんて、いえない。
 庭師の言葉には微笑みを返しておく。最近この『困ったときは微笑む戦法』が有効なことに僕は気付いた。

「確かに青というよりは薄い紫のような色なんですね。赤い色素を抜いたんですか……」
「ああ! 無闇に触ってはなりません! こちらの品種はとくに小さな棘が多いのでございます」
「すみません、つい……」

 思わず手を伸ばそうとしてしまったところを慌てて止められる。
 枝が細く儚げに見えるけど、バラであることに変わりはないらしい。

「シリル様を連想させますね」
「ニコル……」

 ちょうど考えていたことをニコルに代弁される。
 歩くリハビリに、今日は車椅子ではなくニコルに手を引いてもらっていた。
 切って短くなった横髪を目線まで摘み上げる。
 僕の髪は完全に色素をなくしてしまっているけれど。

「おや、バレてしまいましたか。シリル様のお御髪の話を耳にした際、真っ先にこのオンディーナを思い出したのです。世話をしていると枯れそうに思うほど下葉が落ちてしまったりするのですが、このバラは中々に花付きがよく……あぁ手入れが少し悪くても花を付けてくれましてね。ただ花が傷みやすく、病気にもなりやすくはあるのですが、それでも花を付かせる力強さといいますか。勝手にシリル様を投影して育てておりました」
「なんだか気恥ずかしいですね、花に投影されるなんて」
「自分は今のお話を聞いて、正にシリル様に相応しい花だと感じました。少しお部屋に頂いても?」
「もちろん! 後で剪定してお持ちします。オンディーナは香りも良いんです。花言葉には『神の祝福』や『夢かなう』なんていうのもありましてね」
「なんと素晴らしい! これほどシリル様を思い起こさせる花があっただなんて」
「分かって頂けますか!」

 意気投合した二人は熱い握手を交わしている。
 お願いだから本人の目の前で、いかに美しいかなんて語り合わないで欲しい。
 その後も上機嫌の庭師さんに説明をしてもらいながら、僕は彩りあふれる花壇を満喫した。

「そろそろベロム様がいらっしゃる頃ですね」
「もうそんな時間? じゃあこのまま玄関でお出迎えしようか」

 今日は昼からベロム先生の診察がある。
 診察といっても、最近では魔法学について語り合うことの方が多いけど。
 僕の前世の知識を用いた発想は、ベロム先生からすると奇抜だが検討に値する面白いものらしい。

「では車椅子の方にお座りください」
「立ったままじゃダメ?」
「ダメです。今日はもう十分お歩きになられましたから。無理は禁物です」
「そう……」

 体調管理に関してニコルは一切引いてくれない。
 庭師のおじさんにお礼をいって、僕たちは花壇を後にした。
 屋敷に入る僕たちを母様が出迎える。

「シリル、花壇はどうでした?」
「とても綺麗で、可愛い花もあったりして、凄く楽しめました」
「そうですか……母も一緒に見たかったわ……。花言葉も色々教えてあげられるのに」
「奥様がご一緒されますと、短時間で済みませんから」

 花が大好きな母様は、花壇を見ると一際テンションが上がるらしい。
 ベロム先生が来る前に僕が疲れてはいけないからと、同伴にはドクターストップならぬニコルストップがかかっていた。

「また時間があるときに一緒に見ましょう」
「そうね、シリル約束よ。そのときは母が手を引いてあげますからね」
「……そのときには一人で歩けるようになりたいです」

 しかし筋力が落ちてしまっているこの足では、一人立ちができるまで、まだ先は長そうである。
 生まれたての子鹿のようにプルプル震えることはなくなったとはいえ……。
 またその姿が庇護欲を刺激したらしく、周囲の過保護っぷりが更に上がった気がする。
 メイドさんまで僕のこととなると目の色を変えて構おうとするほどだ。ニコルが自分の仕事だといって排除してるけど。
 車椅子の上で、どこか遠くを見てしまった僕の感覚に、ベロム先生のマナが引っかかる。
 先生は放出しているマナが誰よりも多いのでわかりやすい。先生曰く、第一王子の方が凄いらしいけど。拝謁する機会はないだろうなぁ。
 次いで皆の耳に馬車の音が届いた。

「ようこそおいでくださいました」
「おぉ、これはシリル、元気そうじゃの」

 母様の挨拶を皮切りに、皆で頭を下げてベロム先生を出迎える。
 先生は出迎えの中に僕を見つけると、嬉しそうに頭を撫でてくれた。

「しかしまた髪を切ったのか? 前に見たときと変わってないように見えるが」
「定期的に切っておりますから」
「やはり短い方が体調は良いのかのぅ?」
「気分の問題ですね」
「そうか、しかし気持ちが晴れやかなのは体調にも良いことじゃ」

 ちなみにベロム先生も僕が切った髪の一房を記念に持っている。
 何故か断髪式という形で大仰に行われた散髪では、先生の他に屋敷で働く者全てが顔を見せ、切った僕の髪が一房ずつ配られた。
 そういう風習があるのかと思って聞いたら、特にないらしい。何で配られた、僕の髪。
 いつも通り、ふぉっふぉっふぉと笑う先生と共に部屋に戻る。

「ところでの、シリル。今日は大事な話があるんじゃ」
「はい、なんでしょうか?」

 ベロム先生は椅子に座るなり机に資料を広げはじめる。
 そこには『中等学術研究所』と書かれていた。

「お主の中等学術研究所への入学が決まった。正確には三学年からの編入という形になるが」
「は……?」

 思いもよらなかった言葉に間の抜けた声が出る。
 隣に座る母様はにこにこと微笑んでいるけど……、その微笑みが兄様の進学祝いでの表情と少し被って見えたのは気のせいですよね……?

「ご両親には説明済みじゃ。お主には儂から直接話をしようと思っての」
「また……どうして急に?」
「何、前々から考えてはおったのじゃ。お主の魔法師としての素質には目を見張るものがあるからの」
「光栄です」
「しかしそれ以上に夢見病から立ち直ったことが一番大きい。これから少しばかり嫌な話をするぞ」

 そういうとベロム先生はコップを持ち、喉を潤した。
 隣から黒い気配が漂ってくるのは……あぁ、母様が完全にお怒りです。

「夢見病患者に向けた食材目録を発表して早数年、お主の名前は一部の貴族には大きいものとなった。分かるな? 夢見病患者を子供に持つ者や後天的に発症した者たちじゃ。そしてその中には藁にもすがりたいと思う者たちがおる。これは全く持って愚かしい話じゃが、ある日、儂の元にお主を誘拐する計画があるという情報が入った。もちろん未然に食い止めたがの」
「情報が入ったということは、ベロム先生は予期してらしたんですか」

 前もって情報の網を広げていない限り、公爵家でもない一貴族の誘拐計画を察知するなんて不可能じゃないだろうか。

「当たって欲しくはなかったがの。儂が敢えてお主の特異性を秘匿にしていたこともある。お主のことを研究すれば道が開かれると誤解する者も出てくるかもしれんとは思っておった。……その計画者たちは、お主の血を飲ませてはどうかと考えたらしいが。根拠も何も全くない、バカバカしい世迷い事じゃ」
「また安直な発想ですね」

 若さを保つために生娘の血を飲むのと同レベルだ。ちなみに飲むのではなく、輸血ならば多少効果はあるらしい。
 何にせよ僕の血を入れたところで夢見病が治るとは到底思えない。

「シリルには話していませんでしたが、そういう申し出がなかったわけではないのです。狂人の発想故、すぐにベロム様に相談したのが、功を奏したようですね。本当に……恐ろしいこと」

 重々しく口を開くと、母様はそっと僕を抱き寄せた。
 僕の知らないところでも、大分と心配をかけていたみたいだ。

「今回は未然に防ぐことができたが、次がないとも限らん。そこでじゃ、お主には中等部へ入ってもらうことで、安全を確保してもらいたい。全寮制なのは知っとるな?」
「はい、兄様が入っておりますし」
「来期で高等部二学年だったな。あそこには儂の息がかかった者が多い上、また人を送り込むにも他所の目を気にする必要がない。儂は学術研究所で一番の権力者だからの」
「そうですね」
「……すんなり受け止められると、肩透かしをくらった気分になるの。もうちょっと尊敬の目で見てくれても良いんじゃよ?」
「ベロム先生のことは尊敬しておりますよ?」

 ただ魔法バカのおじいちゃん感が僕の中で強過ぎるだけである。
 こてん、と首を傾げて見上げれば、ベロム先生が小さく溜息をついた。

「天然なら天然で、故意なら故意で、凄い人誑しになりそうじゃの」
「何か?」
「ごほんっ、まぁそういうわけで、新しい学期がはじまる九月から編入しておくれ」
「事情は分かりましたけど、僕なんかがいきなり入って大丈夫なんでしょうか?」
「能力的にということかの? それなら問題ない。この前におさらいでテストをやったじゃろ。あれがそのまま三学年へ進学する筆記試験だったんじゃ。いやぁ久しぶりに満点を取る奴を見たの」
「基本的に座学しかやることがありませんから」

 魔法学に至っては入門書はとっくに読み潰し、今では普通に研究書も読める。
 他の学問もベロム先生経由で家庭教師を呼んでもらって学んでいた。

「実技に関しては変速的ではあるが、中級魔法相当を楽々行使しとるところを見て問題なしと判断した。お主が嫌がるから、身びいきは一切やっとらんぞ。あと生活面に関しては補助がいるだろうから、ニコルをそのままつける。侍従やメイドを連れて寮に入る貴族もおるから気にする必要はない」
「その貴族って主に王族方では……」
「シリル、我が家が男爵家だからって、引け目を感じる必要はないのです。貴方には価値があり、それをベロム様が認めてくださったのですから」

 両手を握る母様の瞳が輝いている。
 まぁ仄暗い気持ちでいられるよりはマシだ。ただ少し鼻息をおさせて欲しい。

「うむ。といっても学び舎までついて回るのは難しいじゃろうから、同級生になる者から一人世話役を選んでおいた。後日顔合わせがあるからの」
「何から何まで有難うございます」
「それだけお主には期待しとるのじゃよ。プレッシャーをかけたいわけじゃないがの」
「ご期待に添えるよう、努力致します」
「重畳、重畳。お主は生真面目過ぎるところがあるからのぅ、折角の機会じゃ、多いに青春してくるといい」
「青春……」

 自分とは縁のないものだと思っていたけど。
 しかし今まで同年代の人間と関わりがなかった僕にどこまでできるだろうか。
 不安はあるけど……ベロム先生がいってくれてるんだ、楽しめるところは楽しめたら良いな!

「いいですかシリル、気になる子がいたら、まずニコルに相談なさい。身辺調査をしてもらいますからね。あとどれだけ可愛い子でも女は強かであることを忘れてはなりません。ニコルもよくよく気に留めておくのですよ」
「かしこまりました、奥様」

 この二人が組んでいるところを見ると、どうしてか青春という言葉がどんどん遠ざかって行くように思える。
 母様の言葉に少しげんなりしている僕を見て、ベロム先生はふぉっふぉっふぉと笑った。


◆◆◆◆◆◆


「ここが学術都市ヤンクイユかぁ」

 馬車の中にいても活気が伝わってくる人々の往来に感嘆する。
 ざわざわとした空気が伝播して、自然と僕のテンションも上がった。思わず窓にかじりついてしまう。
 時が経つのは早く、今日僕は中等部の寮に入る。

 中等学術研究所並びに高等学術研究所は併設されているため、それを囲むようにして一大都市が築き上げられていた。
 石畳の街道には学生御用達の文具屋や装備屋が並び、また勉強に疲れた学生を癒やすべく甘味や手軽に食べられる軽食を取り扱う露店がひしめき合っている。
 薄紅のレンガや白壁が目立つ建築様式は統一されていて、そこに色とりどりの露天のテントが加わり目にも鮮やかだった。
 商店の他にも、学生は皆寮に入るため、その賄いをする人たちの居住区などで都市の機能は多岐に渡るようだ。
 
「シリル様、お疲れではありませんか?」
「ずっと座っての移動だったからね。ちょっと背中とか体は伸ばしたいけど、疲れてはないよ」

 生まれてはじめての長距離移動ということもあって、休憩は多くとってある。
 心配した母様や兄様がついて来たがったけど丁重にお断りした。
 ただでさえ今回の移動には護衛のために人がついているんだ。そんな中で、ただ座って目的地に着くのを待つだけの移動に、保護者はニコルだけで十分だろう。
 僕が窓から街の様子を眺めているのを見た護衛の一人が声をかけてくれる。

「もう少しで中等部の敷地に着きます。街には寄らなくて良かったのですか?」
「はい。この人混みではまともに歩くのも大変そうですから」
「これは……失礼致しました」

 正面に座る彼は一瞬僕の足に目をやった後、大きく頭を下げた。隣に座っているもう一人の護衛からも肘で小突かれている。

「いえ、ちょうど新しい学期がはじまるこの時期は、一番混み合ってると兄様から聞いてますし、街には落ち着いてから行こうと思ってます」

 だから気にしないでくださいね、といって微笑を浮かべる。
 もっといえば僕の隣に座る保護者が許可を出してくれない以上、街には寄れないのだ。

「気になるものがあればジュール様に用意してもらいましょう。今頃首を長くしてお待ちでしょうし」
「そうだね、いつまでも待たせていたら迎えにきそうだ」

 高等部二学年へ進学が決まった兄様は一足先に入寮を終わらせていた。
 事前に到着が少しでも遅れたら迎えに行くと強くいわれていたのを思い出す。
 そうこうしている間に馬車が止まった。カポカポと馬が足踏みしている音が聞こえる。
 目的地に着いたみたいだ。

「先に我々が降ります。シリル様はその後に」

 護衛の人たちが先に出て安全を確保する。
 中等部に着いたのだし、そこまで気にする必要はないと思うけど、念には念を入れて。
 大丈夫だと声がかかったので、ニコルに手を引かれて馬車を降りる。

「シリル!!!」

 降りた途端、兄様に抱きしめられた。

「大丈夫だったか? しんどくはないか? 馬車の中は窮屈だっただろう?」
「兄様……正直、今が一番窮屈です……」

 更に体格の良くなった兄様の厚い胸板と腕に挟まれたら身動きが取れない。
 ぽむぽむと背中を叩くと、そこでようやく腕を緩めてくれた。
 兄様の燃えるような赤髪が視界に入る。

「護衛の方々も、ここまで有難うございました」
「いえ大したことはしておりませんので……シリル様もお疲れ様でした」

 兄様の腕からは出られなさそうなので、行儀は良くないが顔だけを護衛の人たちに向ける。
 そんな僕たちの様子を温かく見守りながら、彼らは再度馬車に乗り込み帰っていった。

「ここからはオレがシリルを守るからな! 安心していいぞ」

 兄様の言葉に、ふと幼少時の会話が頭を過ぎる。

『オレがまほうきしになってシリルを守るからな!』
『じゃあぼくは、まほうしになって、にいさまを守りますね』

 自分が魔法を使えないことを、まだ理解していなかった頃の会話だ。
 今となっては魔法は使えるようになったけど、兄様を守る必要はなさそうだよね。

「よろしくお願いします。ここは搬入口でしたっけ?」

 寮の正面玄関は人でごった返しているため、特別に物資を搬入する場所で降ろしてもらった。
 ちょうどこの時間は影に入るのか、辺りは薄暗い。
 荷物は別の便で先に送っているので、後は車椅子で部屋まで行けば良いだけだ。

「ニコルは入寮の手続きを頼む」
「かしこまりました」

 必要な資料を持つと、ニコルは先行して寮の受付に向かう。
 卒業生だけあって足に迷いはない。どうしてカディル家はうちで侍従をやっているんだろう?
 ちなみにニコルの父親は父様の侍従をしている。じい様が引退したら、執事の後を継ぐみたい。
 ニコルが卒業生だということは、中等部編入の話を聞いた後で知ったんだけど……執事って魔法師の資格が必要だったりするのかな?

「高等部と中等部の寮は離れてるけど、学び舎は隣接してるから何かあったらすぐに呼ぶんだぞ」
「何もないことを祈ります」
「ただでさえシリルは可愛いからなぁ……」

 どういう心配だよ。
 流石に業務用通路から生徒が使う一般通路に出ると人が多くなる。
 その視線を一手に集めてしまうけど、普通車椅子で在学する人なんていないだろうし仕方ない。
 あと何気に兄様に向かう視線が多い気がするのは上級生だからだろうか?

『あれ、バシュラール先輩じゃね?』
『武闘祭で連勝してるっていう? てかあの車椅子、誰?』

 兄様、武闘祭で連勝してたんですか。その前に武闘祭が何か分からないけど。
 漏れ聞こえてくる声に思わず真上を見上げる。

「兄様は有名人なんですか?」
「オレ? どうだろうな……オレなんか霞んで消えるほどの有名人がシリルの学年にはいるしな」

 そうなのだ。
 なんと僕の同学年には、あの第一王子がいるらしい。
 本来なら能力的に高等部でも通用するところを、同じ年の子と足並みを揃えて勉学に励みたいとのことで、飛び級は一切していないとか。
 といっても、それは建前で王子と交流を図りたい貴族子息に配慮して……というのが本音らしい。
 おかげ様で王子の周りを固める侯爵や伯爵の子息も同学年に在学している。
 確かにそれに比べれば……と思うものの、兄様もそこそこ有名に感じられるのは、僕が世間知らずなだけだろうか。

「武闘祭というのは?」
「あー、年に一回春にあるイベントだな。魔法師志望と魔法騎士志望に分かれて、それぞれで対戦するんだよ。この学術都市一番のイベントでもあるけど、シリルは知らないよな」
「はい、はじめて聞きます」
「王族も観覧されるから、もう街上げてのお祭り騒ぎさ。お、ここがシリルの部屋だな」

 ちなみに寮は赤レンガに白レンガで縁取りがされた三階建てで、上の階から一学年、二学年、三学年と割り当てられている。
 車椅子での移動が主になるので一階に部屋があるのはちょうど良かった。床も木材が用いられていてフラットなので移動しやすい。

「思ってたより広いですね」
「そうか? ちなみに寮長になると一回り大きい一人部屋が貰えて、そこは風呂も完備だぜ」

 学生寮というから一部屋で数人が寝泊まりするところを想像してたんだけど、二人で一部屋の間取りは真ん中に敷居が取り付けられ、パーソナルスペースがちゃんと確保されている。
 ベッドも二段ベッドではなく、一つひとつが独立していた。

 狭いながらもシャワールームもついていて、僕としては満足だ。
 シャワーには水属性と火属性の魔石が取り付けられていて、時間を気にすることなくお湯を浴びることができる。魔石は微弱なマナ……人が『使用する』と意識するだけで、作動してくれるからとても便利だ。

 前世での電気エネルギーが、この世界ではマナに代替されているらしく、魔石を使った魔道具を見ることはあっても、電化製品を見かけたことはない。

 本来学生二人で使う部屋を、僕とニコルの二人で使うことになる。

「寂しくなったらいつでも添い寝してやるからな」
「……高等部の寮とは離れてるんじゃありませんでしたっけ?」
「そこは長年の抜け道を使ってだな」
「遊び人」
「ぐはっ」

 何で寮への抜け道を知ってるんだよ。
 男子寮と女子寮は分かれているけど、併設されているので多分そっちによく通ってるんだろう。
 年齢ではなく能力で学年は分けられるので、兄様と同じ年の人が中等部にもいる。

「あー……学び舎の方では、ウィレミナが面倒見てくれるんだろ?」
「兄様のファンらしいですね」
「あぁ、うん。明るくて良さそうな子じゃないか?」
「ちょっとクセは強いですけど、良い子なのは確かです。デートしたことがあると聞きました」
「デートっつうか一緒に街を歩いただけだぞ!?」
「嫌な顔一つせずケーキ屋さんにも一緒に入ってくれて、流石モテるだけのことはあるって」
「あいつどこまで喋ってやがる……」

 僕の連撃に兄様がよよよと壁に倒れ込む。

「良いじゃないですか。モテることは悪いことじゃないですよ?」
「……せめてお前がヤキモチでいってくれてるなら救いはあるんだけどな」

 複数人を相手にしてることへの非難であることは理解しているらしい。

「分かってるなら、どうにかできないんですか」
「うぅ……こればっかりは性分なんだよ……」

 ウィレミナ曰く、肉体関係が伴わない軽いお付き合いに留まってるらしいので、今日はこのくらいにしておいてあげよう。
 男の僕から見ても兄様は上背もあって格好良いし、女の子が放っておかないのも分かるしね。

「すみません、遅くなりました。……どうしてジュール様は打ちひしがれておられるんです?」
「いつものアレ」
「あぁ」

 兄様の女性関係について僕がイジるのはいつものことなので、納得するとニコルは荷解きをはじめた。

「僕も手伝うよ」
「ではシリル様はさっき頂いた寮の注意事項に目を通しておいてください」
「…………」

 それは手伝いというのだろうか?
 シュン……としてしまった僕にニコルが慌ててフォローを入れる。

「これは自分の仕事ですし、寮の注意事項については自分はもう存じておりますので! 決してシリル様が邪魔だとかそういうわけではありませんから!」
「よしシリル! 荷物はニコルに任せてオレとイチャつこうぜ!」
「遠慮します」

 即行で否定しているにもかかわらず兄様は僕を抱き上げるとベッドへ運ぶ。

「先にシャワー浴びるか?」
「んー夜にします」
「そっか。じゃあニコル、飯の時間になったら起こしてくれ」
「かしこまりました」

 家だと昼寝をしている時間だと察して、素直に寝ることにした。
 ニコルもそれが分かっているので、僕の寝間着を取り出し着替えるのを手伝ってくれる。
 本来学生は食事を寮にある食堂で取るらしいけど、僕は夢見病の関係で全てニコルが賄うことになっている。きっと食事の時間は家と同じだろう。

「では、おやすみなさいませ」
「おやすみ」
「おやすみー」

 そして寮に着いて早々に、僕は兄様の腕に抱かれて眠った。