001
「キワー、早く行かないと日が暮れちゃうでしょ! 女神様がへそ曲げちゃったらどうするの?」「……分かった、行ってくるよ……」
「帰りに水を汲んでくるのも忘れないでね」
「はいはい……」
空のバケツを二つ、母さんから手渡される。
行きは軽いバケツも当然帰りは水でいっぱいになり重量が格段に増す。
それを両手に下げながら帰って来るという道のりは、ちょっとした拷問なんじゃないかと思う。
(流石に毎日のように繰り返してれば慣れるけどね……)
汗を流すため湖に向かう傍ら、横を通り過ぎる同年代の男の子たちの体が目に付く。
ちょっとは鍛えられたかな。
自分の二の腕を見ても、とくにモリモリと筋肉がついた様子はない。
昔から華奢な部類に入る自分の体はコンプレックス以外の何ものでもなかった。
こうやって毎日水を運ばされているのも、少しでも腕力を鍛えられたら……という母さんの配慮でもある。
水もあるに越したことはないから、一石二鳥だ。
それでも……やはり湖に向かう足取りは重い。
別に水運びが嫌なわけでも、水浴びが嫌いなわけでもない。
“いる”のだ……あそこには。
何がと明確な言葉で言い表すことも、見ることも出来ないけれど…確かに湖の中には何かがいるんだ。
足を一歩進める度、はぁ…と溜息が後をついて出る。
「誰かにいったところで、バカにされるんだろうなぁ」
自分が鼻で笑われる様子が簡単に想像出来て、未だこの事を公にしたことはない。
一度だけ、近所の子にそれとなく聞いてみたことがあるけど、その子は『知らない』とただそっけなく答えただけだった。
それもそうかもしれない、と妙に納得してしまう。
何故なら“そいつ”は、僕が一人で湖にいるときにしか現れないからだ。
他の誰かが、例え水に浸かっていなくても、湖の付近にいるときは現れた試しがない。
まるで自分だけを狙っているように思えて、薄気味悪かった。
「誰かいないかなぁ」
そう願わずにはいられない。
前に浸からず汗だけでも流せればと、水をすくおうと試みたことがあったけど、“そいつ”はその水を伝って僕を湖に連れ込んだ。
流石に怖くて、あのときは泣きかけた……というか実際泣いていたと思う。けど、相手に殺意はないことが分かったから、結局そのまま……。
(別に殺そうとか、そういう感じじゃないんだよな)
謎だった。
明らかに人間ではないのだから、相手にとっては別の意味があるのかもしれないけど……謎としかいいようがない。
ずっと下を見て歩いていたせいで気付くのが遅れた。
既に目前にはキラキラと水面に光を反射させる湖が広がっていることに。
「うっ」
思わず息が詰まる。
そんなに嫌なら他の場所へ行けばいいのかもしれない……湖は一つじゃないんだし。
上流から下流へ流れるように、高地から低地へと三つの湖がこの地域には存在していた。
湿地帯でもないのに数多く存在する湖には女神様がいるといわれ、村の信仰にもなっている。
ここより少し高いところにある湖は、三つある中でも一番広く大きいところで、主に漁や飲み水の確保に使われている。それは獣も同じらしくて、子供が大人を伴わずその湖に行くことは禁じられていた。
だから必然的に子供たちは、昼間は獣が出ないといわれている残りの二つの湖のどちらかに行くことになる。
もう一つの湖は、大きさもここと大して変わらないのだけど、そこは女の子専用の場所とされていて、男である僕は近づくことすら許されていない。
小さい頃、近所のおばさんが僕を女の子と間違えて連れて行ってしまったことは、未だにからかわれるネタではあるけど……。
結局現実とはそんなもので、僕はこの湖を利用するしかなかった。
(はぁ……入りたくない)
かといって、このままこうして突っ立っているわけにもいかない。
淡い期待も虚しく、他の子供たちはもう水浴びを終えた後なのか、誰一人としてそこにはいなかった。
(こんなことならグズグズしてないで早く来ればよかった……)
水浴びをしなかったらしなかったで母さんにバレれば怒られるし、僕も汗やほこりがついたまま寝るのは遠慮したい。
「早く、しなきゃな……」
このままでは本当に日が暮れてしまう。
いくらこの湖には獣たちが現れないといっても、昼と夜では勝手が違う。
このへんは夜行性の獣が多いんだ。
昼間はいびきをかいて寝ていても、夜になれば水を求めてこの湖にも足を伸ばしてやって来ないとも限らない。
「もう、入るしかないんだから! 入る!!」
わざと少し大きめの声を出して自分に言い聞かせながら、勢いよく着ていた服を脱ぎ捨てた。そのままザブンッと湖に飛び込む。
基本的に浅いこの湖は、一番深いところに行ったとしても自分の肩ぐらいまでしか深さはない。とくに深瀬に行く理由もないので、ちょうど座ったら肩まで浸かれるぐらいの場所で留まった。
ちゃぷちゃぷと自分がたてる水音だけがあたりを埋め尽くす。
少し遅れて、ドキドキする自分の心音が聞こえてくるようだった。
(来るか、来ないか)
この何ともいえない間がもどかしい。
今までの経験からして来ないことはありえないんだけど…、それでも相手が現れるまでの間、ドキドキと焦りがつのる。
(来るなら来るで早く来いーっ)
まるで焦らされているようで、余計頭に血が上る。
湖でのぼせるようなことはないけど、それでもカァッ……と体が熱くなっていくのを感じた。
ふいにスル……と腰に何かが巻きつく。
(来た……!?)
“それ”はゆっくり僕を捕まえるように太ももにも巻きつく。
相変わらずいくら“それ”を見ようとしても、目に映るのは水面と水中だけだった。
カクンッと思わず膝が折れ、慌てて溺れないよう水底に両手をつく。
「やぁっ」
またそうなるのを見計らったように見えない何かは、四つん這いになった体の内側を通り過ぎていく。
そのとき“それ”と擦れあった太ももと胸がひどくもどかしかった。
これで何度目だろう。
予想される行為に、まるで期待しているかのように体が敏感になる。
「ん、んー……っ」
どれだけ太ももと腹に巻きついているものを取り除こうと思っても、手は水をきるだけで、それ自体の締め付けが緩くなったりすることはない。
突然、硬質を増した水が胸の突起を締め付ける。
「あぁっ……や、だぁ……」
自然と涙が浮かび出る。
ちゃぷちゃぷと水面が揺れ、視界が滲んでいるのが涙のせいなのか、湖の水のせいなのか分からなかった。
水面の揺れに連動するように腰に巻きついていた力の先端が、肋骨やわき腹を撫でていく。
時折吸い付くように水が吸着すると、我慢出来なくて声が漏れた。
「は……ぁっ、……あっ……んんっ!」
水面から顔は出ているけど、まるで溺れているようだった。
「あっ! そこは……っ、だめぇ……!」
ぐるっと何かが僕自身を包む感触に焦る。
次に来る強い快感を想像して、体が固まった。
「やだぁっ! あ、あぁっ……は、……や……やめ、てぇ……」
ぐるぐるとまるで僕自身に指が絡められるように、圧力がかかる。
上下に力の強弱がついて、まるでやわらかい紐で扱かれているような感覚が僕を襲った。
熱が中心に集まって自身が固くなっていくのを感じる。
目で見なくても尖端からこらえ切れなかったものが溢れてくるのがわかった。
ずっと揺れている水面が、ぬちゃぬちゃと別の音を含んでいるような気になってくる。
「はぁ……はっ、……ぁっ、ああ……ひっ」
そのとき、明らかに硬い何かが僕の後ろを掠めた。
けれどそれがいきなり挿入されることはなく、やわやわとまるで入り口をほぐすように力が加えられる。
少し口が開く度に内部に触れる水の冷たさが、妙に現実感を呼び起こして思考の一部が鮮明になってくる。
それでも抗うことは出来なかった。
既に両手は自分の身体を支える以外の力を残していない。
足も何かが巻きついている感覚でいっぱいで、本当にちゃんと湖に立てているのかさえ分からない。
ぬるっと細い管のようなものが、侵入を開始する。
「ひぁ、あっ」
思考が冴えてきていた分、入り込む感触がありありと伝わってきてその場に崩れそうになった。
けれど体に巻きつく何かが僕が崩れそうになるのを防ごうと力を込めるため、その衝撃が直に下半身へと伝わる。
ふる……と全身が震えた。
「もぅ……やだよぉ……」
いくら泣き言をいっても、相手は聞いてくれない。
行為を止めるどころか、中に入っていたものの感触がなくなる代わりに、ぐっと後孔が大きく開かれた。
「ぅあ! ……っ……おお、きぃ、の……だめぇ……っ」
いやいやと首を振っても、ずる…と硬いものが中へと侵入していく。
痛みは感じなかった。
ただ中を圧迫され、内壁をごりごりと擦られる行為に背筋が何度も跳ねた。
「くっ……ん、んっ……んんっ」
ただ圧迫感だけが僕の身体を満たす。
どっどっど、と速さを増した心音が耳に木霊する。
限界を感じそうになったとき、中のものが動きを止めた。
僕は息継ぎを繰り返すだけで精一杯だった。
そんな僕をまるで気遣うように、するりと水が頬を撫でていく。
「はぁ、はぁ……はぁ……んぁあっ!」
ぐんっと、ふいに中に入っていたものが一回り大きくなった。
みしみしと内壁が広げられるのが分かる。
「うあ゛っ……あ、あ、あっ……!!!」
それから後は、ただ叫び続けるしかなかった。
中に入ったものの出し入れが繰り返される度、無理に呼び起こされる快楽に、意図していない声が喉から飛び出ていく。
もう何の意味もなさない嬌声をただ繰り返すだけだった。
◆◆◆◆◆◆
吐精した後の独特の疲労感が身体を蝕む。
空には朱色がかった雲が浮かび始めていた。
(帰ら、なきゃ……)
水の中では抵抗なく動いてくれる腕も、水面から出た途端急激に重さを増して、ドボンッとまた水の中へと落ちていく。
だるかった。
それだけで体がいうことを聞いてくれない。
しばらくこのままこうしていたいと願っても、帰らなくちゃいけない。
あまり時間をかけると母さんが心配するし…水だって、今日の夕食で使うかもしれないのに……。
意を決して立ち上がろうとすると頭がグラグラと揺れる。
何とか呼吸を整えて、脱ぎ捨てた服を掴み取った。
これから少し上流のところで水を汲んで、家に運び帰らないといけない。
まだ足元が覚束無い体で、僕は空のバケツに手を伸ばした。
こういうとき、終わった後でむしょうに腹が立ってくる。
どうしてこんなことをされなきゃいけないのか、とか。
どうして他の人たちがいるときには何もしてこないのか、とか。それはそれで他の人たちの目の前でされるのは嫌だけど……。
(どうして僕だけなの)
何よりも理不尽に感じるのは、相手の姿が見えないということに対してだ。
もし見えて尚且つ触れたとしたら、僕にだって抵抗のしようがある。
それが出来ないもどかしさ、やるせなさ。
僕は来たときと同じように、溜息を吐いて帰路に着いた。