011

「レイこそ構わないのか? ベッドじゃなく、こんな冷たい机の上に押し倒されて。オレの瞳も……お前が好きだった色からは変わっているぞ?」

 紫から赤に変化する瞳の色が好きだと言っていたはずだ。
 ピンクスライムと同じ色になった瞳でレイを見下ろすと、腰を挟む形で両足を回された。それだけで行為に及ぶ期待に、ゾクゾクとした快感が横腹を這い上がる。

「私は、貴方に抱かれるなら……どこでだって、体が変わっていたって本望だ」
「いい返事だな」

 くっと笑い、積極性の増したレイに応えるよう、頬を撫で、首筋に唇をつけた。
 彼の言う通り、年齢を重ねた体はところどころ張りが落ちている部分はあるが、そうやって出来た目元の皺や肉の薄い頬の硬さに愛おしさを感じる。

 ……よく、生きていてくれた。

 戦乱の時代、命はロウソクの火のように容易く消えていく。かくいうオレも呆気なく倒されたしな。
 レイの生きた軌跡を辿るように、弛んだ皮膚の皺に舌を這わせた。
 この年になっても鍛えられ成熟した体に、はじめて会ったときの面影はない。
 開かれた襟から見える白い鎖骨に吸いつき、シャツの上から胸を揉む。
 先日の弛緩した体とは違い、幾ばくか緊張しているのか、胸には硬い弾力があった。指を広げ、小さな突起を探す合間に、レイのズボンのベルトを外していく。

 お互い中心はもう熱を持っていた。
 今度こそ上手く出来るか不安が過ぎらないでもないが、血の代わりにピンクスライムのゼリー状の体が流れるこの体でも、発汗はしてくれている。
 指先に探していた突起が引っかかった。それを親指で押し込み、その小さな種の感触を楽しんでいると、レイが上半身を捻りながら掠れた声を上げる。

「ぁ……スズイロ、卿……」
「敬称はつけなくていい。どうせヤッてる最中は、『卿』なんて呼んでる余裕はなくなるだろうしな。どうした?」

 呼び止めたからには何か言いたいことがあるんだろう? そう続きを促すと、レイは明後日の方向を見ながら、たどたどしく口を開く。

「その……もっと、激しく……」
「何だ? オレの前戯はつまらんか?」
「そ、そうじゃない! ただ……あの……今は、早く……スズイロが欲しい」

 頬を赤く染めながら紡がれた言葉に、そうか……と頷く。もう昔のレイではないんだったな。
 ピンクスライムに犯され慣れた体には、普通の前戯は物足りないだろう。
 そういうことならと、脇腹の傷口からにょっとゼリー状の体を伸ばす。
 ズボンを脱がせ、直にレイの臀部を掴むと、息をのむ気配が伝わってきた。
 もっと慣れてきたらピンクスライムの体でも肉棒を作って、二輪差しというのも乙かもしれないなとほくそ笑む。
 まずはいつも通りゼリー状の体でレイの蕾を撫で、ヌルヌルと中へ挿入した。
 慣れ親しんだ行為だろうに、相変わらずレイは体を強張らす。

「んんっ……ふ……ぅぅ」
「まだ慣れないか?」
「っ……だって、中に……ぅぁっ、あ……!」

 オレにとっては勝手知ったるレイの直腸だけどな。中に入ったピンクスライムの体を少し硬化させ前立腺を刺激する。
 コリコリと小刻みに撫でると、レイは大きく背中を反らせた。

「はぁぁんっ! んっく……スズイロ、そこ、はぁっ!」
「ここがイイんだろ? 遠慮するな。どうせならオレの肉棒を挿入する間も、ずっと撫で続けてやろうか?」

 前立腺と奥を同時に責められると、どんな快楽になるんだろうな?
 ニヤリと笑うオレに対し、レイはひっと喉を鳴らす。

「ろ、老体にっ、無理を、させるな……!」
「安心しろ、お前はまだまだ現役だ。今までだって散々喘いでただろうが。ほら、|啼《な》けよ」

 言いながら挿入しているゼリー状の体の質量を増やした。
 もちろん前立腺への刺激は続けたままだ。

「ちがっ……! 今までのは、ピンクスラ……っ……ぁぁああ! だめっ、だめだ、感じ……! ぅんんんーっ!」

 コリコリコリ。
 前立腺を執拗に撫で続けると、外気に晒されたレイの中心は跳ねるように屹立し、尿道口から透明な液体を垂れ流す。唇を引き絞ったレイは、快感に耐えるよう頭を振っていた。後ろで結ばれたグレーの髪が乱れていく。

「くぅっ! んん! んぁっ! くぅぅ……っ!」

 汗が飛び散り、むわっとした精気と一緒に、レイの体臭も濃くなったように感じた。

 そうだ……|臭《にお》い!

 ピンクスライムの体だけでは感じ得なかった感覚。
 鼻腔の奥を突くツンッとした痛み、それに加え酸っぱさを感じさせるのは、まさしくレイの体臭だ……! 肉棒の次に欲しかった嗅覚を手に入れ、胸が喜びに高鳴る!
 小刻みに震えるレイの項や、脇に鼻を押しつけ、その香しい臭いを堪能した。
 いかん、久しぶりに嗅ぐ男の臭いに、これだけで前が張り詰めて痛い。

 慌てて自分のズボンも下ろし、狭い空間から肉棒を解放する。……あぁ、久しぶりだな、相棒よ。
 そそり立つ赤黒い肉棒の存在を確認するように、軽く振るう。
 オレの肉棒を見たレイは、ごくりと生唾を飲み込んだ。

「これが欲しいか?」

 尋ねつつも、既に亀頭をレイの蕾へと押しつけていた。
 亀頭で感じる襞の動きは、ピンクスライムの肉棒で感じたものと一緒だ。
 言葉がなくてもヒクヒクと収縮を繰り返す襞が、何を求めているのか分かる。
 だがすぐに腰を進めないオレを見て、レイの方が耐えかねた。

「ぁ……欲しい。スズイロが、っ……んぐぅ!」

 すぐさま求めを聞き入れ、ゼリー状の体と一緒に肉棒をレイの後孔に挿入する。
 肉棒の太さに合わせ、レイの蕾が口を開くのが堪らない。飲み込まれる感覚に身震いしながら、足に力を入れて踏ん張った。
 さぁ、前世と今世の体との、共演のはじまりだ……!

「ひぃ……ぅん、ぅぅん! ぁっく……おく……っ、熱いの、入って……!」
「あぁ、奥まで、穿ってやろうな」

 既に下半身では欲望がヘビのようにとぐろを巻いていた。
 今回出番はないので、肩にいるヘビには大人しくしているよう伝える。物分かりのいいヘビは、頷くように頭を下げると目を閉じた。寝て過ごすつもりか。

 じわじわと皮膚に汗がにじむのが心地いい。
 ときには不快さを覚える感覚も、ピンクスライムの体では感じられなかった分、新鮮だった。
 熱が滾り、玉になった汗は流れ落ちる。……そうだ、オレはこれを感じたかったのだ。徐々に熱が蓄積され、奔流となって身の内を暴れる感覚を!
 肉棒も一緒になって張り詰め、その表面に血管を浮かび上がらせた。
 中で更に質量を増したオレに、レイは机に頭を擦りつけながら喘ぐ。

「あっ……は! ぁあ……! 大き、いっ」

 そうだろう、そうだろう。やはり肉棒は怒張してからが本番だよな!
 最初の一発と言わんばかりに力強く腰を打つと、レイは荒々しくツバを飛ばした。

「ぁひんん! ひっぅ……! あっ、あっ……! 奥、大きいの、壊れ……っ」
「まだまだこれからだぞ?」

 何せ死んでからなかった出番に、オレの肉棒もヤル気に満ちている。
 打たれた衝撃で力が抜けたレイの両膝を持ち上げながら、問答無用に腰を前後に動かした。ゼリー状の体のおかげで、抽送はスムーズだ。
 パンパンッと肉を打つ音が部屋にこだまする。

「あん! あっ! あっ! は、はげしっ……んぁあ! あっ!」

 中でレイがオレを締め付けるが、快楽への起爆剤にしかならない。
 力強く押し込めば、冷たい机の上をレイの体が滑った。逃げてしまう彼の体を捕まえ、少し腰を離しては打ちつける。
 体内を穿つ打撃音にいやらしい水音が混ざるのを聞いて、自然と唇を舌で舐めていた。

「ふっ、これ、は……やめられない、な……っ」
「あぁ! ん! あっ、あっ、あっ……!」

 短いストロークの間、レイの口からは嬌声しか上がらない。感じ入ってるのが如実に分かり、更にオレを調子づかせる。
 目に涙まで浮かべているのを見て、その目尻にキスを落とした。
 音を立てて唇を離すと、レイの視線がオレをとらえる。

「んんっ! スズ、イロ……っ……ぁあ! すき……好きぃいっ!」

 とろりと溶けた碧い瞳と目が合った。
 その瞳に応えるようにレイの臀部を掴み、隠された秘部を晒すように広げる。
 完全に熟れた後孔は、オレを抱き締めて離さない。

「これが好きか?」

 わざと肉棒を暗に示し、腰をグラインドさせた。
 肉壁をえぐられたレイが肩を震わせる。

「んぁあ! ちが……っ……スズイロ、スズイロがっ! 貴方のことが、好きっ、あっ! あぁ!」
「そうか……てっきり、オレの肉棒が……好きで堪らないのかと思った」
「なん、でぇ……そんなっ、いじわる……っ」
「オレの肉棒も、好きだろ……?」

 『肉棒も』な? そう問いかけるとレイは素直に何度も頷いた。

「好きっ、好きだ……っから! もう……イクッ」
「イッていいぞ?」

 前までなら、とっくに果ててるだろうに。
 何故かレイは、イクのをしきりに我慢しているようだった。
 色素の薄い体も、捲れたシャツの間から赤く色づいているのが分かる。
 先走りの液を引っ切りなしに流し続けているせいで、グレーの陰毛も濡れそぼっていた。
 首を傾げるオレに向かって、レイが手を伸ばす。

「あっ……は……一緒に、イキ、たい……っ!」
「…………そうか」

 レイはオレと共にイクことを求めていた。
 ……この体ならイケると、信じてみるか。
 ピンクスライムの体だけでは叶えられなかった夢を。
 オレは伸ばされたレイの手を、指を絡めて握り返した。
 既に熱は腰に重く溜まっている。あとは放出に向けて一押しすればいいだけだ。

「もう少しだけ辛抱してくれ」

 心を決め、射精の瞬間を頭に思い描いた。
 数え切れないほどの経験が、この体には染みついている。
 だから、大丈夫だ。
 流れ落ちる汗が、その証拠。
 一度失敗したからといってなんだ、あれはピンクスライムの体しかなかったときの話で、硬化魔法を使わなくても、今のオレには自前の肉棒がある。
 やっとレイに、中出し出来るんだ……!
 そう自分を信じ、腰を振った。

「あぅぅっ! ぅんっ! んっ!」

 レイが息を詰まらせる。
 オレは肉棒がぎゅっと締めつけられる圧力に身を任せた。
 思考を放棄し、体が求めるままに肉棒をレイの中へ穿ち続ける。
 机が床を擦るのも気にせず、二人一緒になって全身を前後に揺らした。
 米神をチリチリと熱が焼く。

「あっ! あぁっ……!」
「くっ……っ……いいぞ、レイ……レイ……っ」
「ぁあっ……スズイロ、スズイロぉおっ!」

 まるで跳ねるように一際大きく、レイが背中をしならせた。
 滴る汗で臀部を掴む手が滑るのを感じながら、目を細め、そのときを待つ。

「っ、レイ……出すぞっ」
「はっぁあ! あっ! スズイロ……っ……ぅ、んぁああああ!」

 レイの熱が爆ぜる。
 オレも全てを放出し、力なく机に手をついた。
 ズルリと肉棒を引き抜くと、白い液体が糸を引く。

 本当に、射精……出来たのか?

 てっきりピンク色のゼリーでも飛び出すんじゃないかと思っていた。しかし死んでいるはずの体は、生前と同様に生命活動を行っているみたいだ。

「はっ……ぁ……」

 レイの荒い息を聞きながら体を起こす。
 水が欲しいなと思った次の瞬間には、部屋の外で控えていたはずのメイドが、水の入ったコップを二つ用意してくれていた。その一つをオレからレイに渡す。

「ぁ……有り難う……」
「大丈夫か?」
「あぁ……やはり……ピンクスライムのときとは、違うな」

 オレはいつも通り腹が満たされてるけどな! ……あれ? 自分でも射精出来るってことは、オレの精気もピンクスライムの体は吸い取ってるのか? それ何て永久機関?
 もしかしてオレは究極の生命体になってしまったのではないだろうか。
 まぁ、今はそんなことより――。

 いやったぁあああああ! 中出し出来たぁあああああ!!!

 死体なのに子種を残せるとか意味が分からんが、重要なのはそこじゃない。
 感極まって、先ほどまで身を包んでいた暑さとは別の熱がこみ上げてくる。

「スズイロ……? もしかして泣いているのか?」
「いや……」

 ふっ、オレとしたことが、こんなことで涙を見せるなんてな。
 目元を拭い、レイが体を起こすのを腕を引いて手伝った。
 そこではじめてカストラーナ王国の国章が入ったマントを汚していたことに気づく。まぁいいか、つけてる本人が気にしていないのだし。
 起き上がったレイは疲れを見せているものの、その空色の瞳には生気があった。

「まだ、死にたいか?」

 オレの問いかけに、レイはそっと下を向く。
 レイだって別に好き好んで死を望んでいたわけじゃないだろう。ただ自分の人生に未来を見いだせなかっただけだ。そんな彼に心境の変化があったことは、先ほど見た瞳が教えてくれた。

「貴方の……スズイロの傍に、置いてもらえるなら」
「今のオレはピンクスライムだぞ?」
「構わない! 私も……肩にいるヘビと同じように、貴方の傍にいたいんだ」

 レイの言葉に、呼んだ? とヘビが頭を上げる。……もしかしてこいつも人語を理解しているんだろうか? そんなバカなと思いながら、寝てていいぞと告げれば、またヘビは頭を下ろして目を閉じた。
 ヘビが再度眠るのを眺めてから、オレは改めてレイと向き合い、頷く。

「よしっ! なら魔王になれ!」
「は……?」

 ただの……というか、魔王を倒した勇者の国の人間、それも現王の弟が意味もなく魔族領にいるのはまずい。
 ならば役職を与えればいいだろう、という考えから導き出した答えだった。
 言われた方のレイは呆気に取られているが。

「面白そうじゃねぇか、魔族初の人間の魔王だぞ?」
「いや……それだったら、貴方が魔王になる方が理に適っているだろう。勇者が魔王を討伐したときの報告書は、アッサムに頼んで私も目を通させてもらった」
「それが何だ?」

 聞き返すと、レイはふっと息を吐いて笑みを作った。
 それはどこか観念したような、力の抜けた笑みだった。けれど情事の名残を漂わせるレイには色香が溶けている。やべ、また勃起しそう。

「私は貴方が勇者に議会制を説き、王国を転覆させるよう、そそのかしたのだと考えているよ」

 最終決戦前の茶会のことも、勇者は報告書に書いていたんだろうか?
 このまま正面切って戦うのも面白くないと、オレはやって来た勇者パーティーを茶会に誘った。もちろん怪しまれたが、勇者パーティーの魔術師が探知魔法で毒などの危険はないと確認を終えると、彼らは席についてくれた。
 確かにそこで王国の圧政に疑問を感じているなら、他にも政治を執り行う方法はあると話しはした。仮に魔王討伐後であれば、国を越え、多くの人々が勇者の話に耳を傾けるだろうとも。
 しかしそれぐらいのことは、カストラーナ王国の支配力が増すことを恐れた周辺各国が、いくらでも勇者に吹き込みそうなことだ。

「そそのかしたつもりはないんだがな」
「今の情勢は、あまりにも魔族側に有利過ぎると思わないか? アッサムも嘆いていたよ。何故このタイミングで、勇者は王国に反旗を翻したのかと。まるで魔族に体制を整える時間を与えるかのように」
「考え過ぎじゃないか? こっちは魔王が死んでるんだぞ?」

 ついでにオレも、ピンクスライムに転生するというオマケつきで。

「勇者が王国に提出した報告書には、魔王城に踏み込んだときの状況も書かれていた。混乱のためか城に設置された転移陣は消されておらず、妨害はあったものの、迷うことなくスズイロ卿の元まで辿りつけたとな。私が一番不思議だったのは、妨害者の中に、貴方の子供が一人もいなかったことだ」
「全員前線に出ている忙しい身だからな」
「そして今はその一二人の子供たちが、分散した勢力を見事に率いている。これは偶然なのか? 本当に混乱のために、転移陣は消されていなかったのか?」

『最期まで付き合わせて悪いな』

 レイの疑問の後に、ふと魔王の言葉が脳裏に蘇った。

 魔王は勇者の出現を重く受け留めていた。そうでなくても人間に比べ数の少ない魔族は、長年続く戦争に疲労困憊し、声には出さなくとも休息を求めていた。
 停戦協定が反故になったとき、我が王は腹をくくったのだ。
 このまま真正面から人間とぶつかり続ければ魔族に未来はない。
 だから――――。

『安心しろ。オレたちが死んでも、子供たちが志を継いでくれる』
『男を犯すことしか脳がないと思ってたんだが、お前は優秀な俺の右腕だよ』
『アンタこそ殺すことしか考えてねぇじゃねぇか』
『くくっ、その麗しい見た目から飛び出す軽口を聞けなくなるのは寂しいな』
『とっとと勇者に討たれてしまえ』

 もちろん負ける気で勇者との戦いには挑んでいない。
 けれど魔王は……オレが忠誠を誓った王様は、魔族を率いることに、特に秀でていた。
 勇者がそそのかされたというなら、それはオレにではなく魔王にだろうと思う。
 人間側に気づかれないよう戦線を下げさせ、戦力を温存するように指示を出したのは彼だ。戦争が終わっては困る武器商人たちに、カストラーナ王国が領地を拡大しようとしていると噂を流させ、周辺諸国の不安を煽ったのも。
 オレは計画が滞りなく進むよう手を回していたに過ぎない。所詮魔王の右腕だからな。頂点に君臨する器ではないんだ。

「私に魔王になれと言うのは……この情勢下で、私が人間側の文化に精通しているからかな?」

 飲み込みの早いレイに、オレは笑うしかなかった。

「あぁ、その通りだ。停戦協定を結ぶにあたり、レイには人間側の落としどころを探り、魔族側にとって有利な条件を引き出してもらいたい。オレは、戦争は望んでいないからな」

 武器商人たちは力を温存した魔族が、また打って出ると思い込んでいるかもしれないが、それにどれほどの歳月がかかるかは……後世を生きる者たちが決めることだ。

「待ってくれ! 可能なのか? 今から停戦協定を結ぶことが」

 魔王が討伐されたことで、魔族内では仇討の機運か高まっていることは、レイも知っているんだろう。
 それに関してはオレが表に立って、魔王の意志を伝えれば多少落ちつくはずだ。
 むしろ魔族側より、人間側が交渉の席につくかの方が問題だな。

「簡単な話じゃねぇが、不可能ではないだろ。まずはレイを新しい魔王だと認めさせるところからはじめないとだが」
「それは……限りなく可能性が薄い話じゃないか? 交渉をするだけなら、魔王である必要もないだろう?」

 無理を言うなとレイが呆れた顔になる。分かってねぇなぁ。

「オレは一度死んだ。レイも、死のうと決めてたんだろ? そんなヤツらには難題が山積みな方が、生き甲斐があると思わないか?」

 ピンクスライムのオレと、成功する見込みのない交渉に出されたレイ。
 今のオレたちに立場を気にする身分なんてものはない。

「それともレイは、カストラーナ王国の王弟として死にたいか?」
「……願い下げだな」

 兄王にいいように使われたことに関しては、レイも大分腹に溜め込んでいるものがあるようだ。返事には、とてもにこやかな笑顔が伴っていた。

「ははっ! だったら二人で、無茶をしてみようぜ」
「分かった……『二人で』だな」
「任せろ、こう見えても前世では魔王の右腕だったんだ」

 経歴に不足はないだろうと言うと、レイは自然な笑みを作る。やっぱり腹黒い笑顔よりこっちの方がいいな。

「はぁ……とんでもない老後になりそうだ」
「オレも今世は世情に関わらないと思ってたんだがなぁ」

 この体に入ってしまったのが悪かったのか。
 思考がどうしても生前のものに引き寄せられてしまう。
 しかも一度入ってしまうと出て行く気にはなれない。何と言っても、射精出来る肉棒があるからな!!!
 手元にある水で唇を潤していると、レイが尋ねてきた。

「その体は腹が減らないのか? スズイロは夕食のとき、何も食べていないだろう?」
「ん? そういえばまだ腹に空きがあるな。もう一戦やるか」
「いや、そういう意味ではなく……」
「ただの死体だったときはシドの魔力で動いていたみたいだ。ピンクスライムが浸透してからは、精気で大丈夫のようだぞ」

 レイの疑問に答えながら彼を押し倒す。
 廊下が慌ただしい気もするが、きっと前線にいたシドの副官が知らせを受けて帰ってきたのだろう。
 ロロの相手はシドに任せて、困った顔のレイにキスをする。

「ん……せめてベッドに行かないか」
「次な」
「次って……」
「今はお前の下にあるマントを、ドロドロに汚したい気分なんだ」

 既に少し汚れてしまっている黒い布を指差すと、レイはなるほどと頷いた。

「それなら私も異論はない」
「祖国への冒涜だな」
「私はこれから魔王になろうという人間だぞ?」
「はははっ、それでこそオレの魔王様だ」

 二人笑い合って口づける。
 オレもレイを魔族のために使おうとしている点では、カストラーナ王と同じかもしれない。
 だが、違う点もある。
 オレは決して、レイを一人にはしない。
 前世でもそうだったように、最期のその瞬間まで、共にいることを誓おう。

「ずっと傍にいてやる」
「っ……」
「今まで一緒にいてやれなくて悪かったな」

 そう口にすると、レイはオレの背中に腕を回した。

「貴方は……ズルイ。簡単に私の心を奪っていく」
「ふっ、お前が言わせてるんだがな。オレは節操なしだが、誰にでも忠誠を誓うわけじゃないぞ」
「節操はないんだな」
「ピンクスライムだからな?」

 その前からだろうという反論は受けつけない。
 オレ、ピンクスライム! 肉棒も手に入れられたし、今世でも魔王の右腕になるんだ!


最後までお付き合い頂き有難うございました。