1.お目覚め魔王様の子作り計画 完全版 試し読み
## 黒魔導師クラーク虫の鳴き声、鳥のさえずり、魔物の息づかいさえ感じられる森の中にあって、魔王が眠る洞窟は静寂に満ちていた。
中に入れば、ひんやりとした空気が年老いた男と、彼に付き従う奴隷の肌を撫でる。
今は年老いた男――黒魔導師のクラークが持つたいまつだけが、唯一の明かりだった。
パチパチと火が爆ぜる音と、奴隷が鳴らす鎖の音を聞きながら、二人は洞窟の奥へと進む。
鎖で?がれた奴隷もまた、男だった。
これから彼は、魔王への生け贄《いけにえ》となる。
一般的に、高位の存在への生け贄といえば、見目麗しい処女なのが通例だ。しかし魔王を目覚めさせるには、未通《それ》に加えて屈強な男である必要があった。魔王は、男色だったのだ。
?か真か、魔王は膨大な魔力で、男も孕ますことができたという。
奴隷の男は二十三才の元軍人で、まだ奴隷になって日も浅く健康体な上、容姿も申し分がなかった。そのため破格の金額であったが、彼が処女である内にと、クラークは全財産をこの奴隷に投じた。
「ここがそうか」
辿り着いた場所で、クラークが呟く。
かつて聖王と大陸を二分したといわれる魔王が眠るにしては、みすぼらしい場所だった。というより、洞窟のどん詰まりで、少し空間が広がっているだけだ。
封印されるにしても、ここまで権威が貶《おとし》められるものなのかと、クラークは苦々しく唇を?む。
「そこに立て」
「……」
クラークからの指示に、奴隷は黙って従った。
世間から忌み嫌われる黒魔導師に買われたことで人生を諦めたのか、彼に表情はない。
しかしクラークには、そんな彼より優先すべきことがあった。
……ようやく、ここまできた。
一族の悲願。始祖である魔王の復活。
クラークは人生のほとんどを、このために費やしてきた。
それがやっと報われるのである。
「思い知るがいい」
聖王の子孫と、それを支持する民衆に、辛酸を舐めさせられるのも今日で終わりだ。確信を持って、クラークは血で魔法陣を描く。これは一族に伝えられてきた儀式の手順だった。
地面に描かれた血の魔法陣から魔力の余波を受け、手に持つたいまつの炎が、赤みのあるオレンジ色から紫色へと変化する。
続いて暗闇に歪みが生じ、地鳴りが響いた。
次の瞬間、クラークと奴隷の前で土が盛り上がり、淡い光を帯びた銀色の棺が、縦に直立した姿で現れる。
あと少しだ。
あと少しで、魔王が目覚める。
クラークは呪文を長々と詠唱し、残る魔力を全てつぎ込んだ。
そして遂に、棺の蓋が「中から」開けられた――。
## 魔王様、目を覚ます
目覚めは、光と共にあった。
だが驚くことではない。ヴァイスにとって、それは予期していたことだった。
長きにわたる眠りも、目覚めも。彼にとっては当然のことに過ぎないのだ。
薄く開けられた蓋の隙間から、棺内に溜められていたヴァイスの魔力が光となって溢れていく。
次いで彼の指が棺から現れた。
腕が。
胴体が。
ヴァイスの全身が露わになる頃には、棺は力なく地面に転がっていた。まるで自分には高貴な主を直視する資格がないと言わんばかりに。
そしてヴァイスの目覚めに立ち会ったクラークも、奴隷も、共に息を飲んだ。
魔王は、ヴァイスは――美しかった。
暗闇の中、魔力によって光を帯びる神々しさもさることながら、褐色の肌に煌《きら》めく銀色の髪、そして黄金をたたえる瞳は、この世の生物が持つ色と一線を画していた。
身にまとう漆黒のロングコートも色褪せることなく艶めき、胸元を彩るルビーは彼の指先が触れると、まるで体を火照らせたかのように赤みを増した。
一族の悲願、魔王ヴァイスの姿を目の当たりにしたクラークは、ヴァイスから溢れる力と美に圧倒され、無言で涙を流していた。
生け贄として連れてこられた奴隷の青年も、ただ目を見開いて、現実を受け止めるのに必死な様子だ。
そんな彼らの前で、ヴァイスは腕を天に向かって伸ばす。背中が弓なりになり、四肢が流れるような曲線美を見せた。
「んー、よく寝た」
第一声は、ふああと欠伸を伴って発せられた。いかにも気が抜けていたが、どこか淫靡さを含むしっとりとした声音に、クラークと奴隷は身を強張らせる。
微塵もホコリなど積もっていないが、ヴァイスは気分的に着ているコートの表面を手で払うと、周囲を見渡して目をパチパチと瞬かせた。
「暗いな?」
光の届かない洞窟の最奥、唯一の光源であるたいまつは、クラークの手の中で役目を終えようとしていた。
していた、のだが。
ヴァイスが今にも消えそうなたいまつに視線をやった途端、息を吹き返したように炎が燃えさかる。これにはクラークも驚き、思わずたいまつを地面に落としてしまった。それでも炎は消えない。
さらには照らしだされた土壁にヴァイスが狭さを感じると、一気に空間が広がった。
まるでヴァイスの意にそうかのように壁が後退する。
火も、土も、自我を持っているかのごとく動き、ヴァイスが望むものを提供した。
あっという間の出来事だった。
数をかぞえる暇もなく、洞窟は姿を変え、内部に部屋を作りだした。床や壁は滑らかに整い、たいまつに宿っていた炎は、壁に設けられた灯籠へと住処を替えている。
ヴァイスが部屋の内装に納得して頷くと、空気が緩んだように感じられた。目には見えない洞窟の妖精が、ほっと胸を撫で下ろしたかのようだ。
「これは……いったい……」
震える声を絞りだしたのは、自らも黒魔導師として魔力を扱うクラークだった。
魔導――魔力を行使する――には呪文や魔法陣が必ず用いられる。ヴァイスを目覚めさせるための儀式でも、クラークは魔法陣を描き、長々と言葉に魔力をのせていた。
信じられないと視線を部屋のあちこちへ巡らすクラークに、ヴァイスは首を傾げる。彼の銀髪がサラリと揺れ、褐色の?を撫でた。
「驚くほどのことか?」
ヴァイスにとっては、洞窟の土を動かしただけに過ぎない。ただ動かすついでに、細かく成形にこだわったところはあるが。
魔導としては初歩的な技で、魔力もほとんど消費されない。
常人と違うのは、「意識するだけで」それをやってのけたことだろう。
だが魔導師であれば、時間と魔力さえ費やせば誰にでもできることであった。ヴァイスにしてみれば、誰にでもできることで驚く理由が分からない。
しかし、そこでふと、過去の会話が思いだされた。
『君は規格外過ぎるんだよ』
あれは聖王の言葉だったか。
そういえば昔も、周りは余《よ》が何かするたびに驚いていたな。
周囲とのズレは、今にはじまったことではない。考え方や感性の違いかと腑に落ちたところで、ヴァイスはあらためて自分以外の二人に視線を向けた。
「ところで、そなたらは何者だ?」
◆◆◆◆◆◆
見るからにそれと分かる老年の黒魔導師が血縁であることは、地面に描かれた血の魔法陣から知れた。
しかしもう一人は? とヴァイスは答えを待つ。
黒のローブをまとった血縁者は、クラークと名乗った。そして眠ってから五百年もの歳月が経っていることを聞き、もう一人の青年についても説明を受ける。
共にいた体格の良い青年はレイドといい、身分は奴隷とのことだ。それもわざわざヴァイスへの生け贄として連れてきたという。クラークから説明を受けたヴァイスは、ふむ……と軽く自分の顎に指をかけた。
「では、その首枷と鎖は趣味ではないのだな?」
「違う」
目を伏せてはいるものの、レイドは低い声できっぱりと答えた。どうやらヴァイスから視線を外すことで、自我を保つことに成功したようだ。
しかし、それもヴァイスが動いたことで、ほころびを見せる。
ヴァイスがレイドに向かって一歩近づくたびに、レイドは忙しなく地面に落とした視線をさまよわせた。
遂には、ヴァイスの指先が首枷に触れたところで、彼は息を止める。
「ならばいらんな」
必要ない。ヴァイスに存在を否定された首枷は、唐突にもろく崩れ落ちた。その際に破片が塵となってレイドの肩を汚す。
汚れたレイドの肩を、ヴァイスは手で払った。その間、レイドは顔を真っ赤にさせながら息を止め続けていた。
あまりにも緊張したレイドの姿に、ヴァイスは笑みを浮かべる。
「ふっ、とって食いやしないというのに。……まぁ別の意味では、そそられるが」
言いながら、首枷がなくなったレイドの喉に手をそえる。レイドと並ぶと、ヴァイスのほうが十五センチほど背が低かった。鍛えられ、筋肉が盛り上がったレイドの肉体は、正に食べ頃だと言わんばかりに粗末な服を張りつかせている。右目の目元にあるホクロにも目を引かれた。
ヴァイスがレイドを観察する中、運悪くヴァイスの見上げる視線とかち合ってしまった当人は、その瞳にとらわれたかのように固まる。
至近距離でレイドの様子をつぶさに見ていたヴァイスは、彼の首から手を離すと、短く切られたレイドの黒髪を叩いた。
「バカ者。いい加減、息をしろ」
「っ……!」
叩かれたことで呪縛がとけたのか、そこでようやくレイドは呼吸を取り戻した。
「これでは先が思いやられるな」
「申し訳ございません! 私が教育できておらぬばかりに……」
ヴァイスの溜息に答えたのはクラークだった。しかしそんなクラークでさえ、ヴァイスと目が合えば動けなくなってしまうのだから、教育が功を奏すとは思えない。
困ったものだ……こればかりは慣れるのを待つしかないか。
以前はどうしていたのかと記憶を辿れば、やはりはじめて顔を合わせたときの相手の反応は、同じようなものだった。なんとも歯がゆいことだが、ヴァイスとしても自分の顔は気に入っているので、慣れてもらうしかない。
とりあえず放出状態だった魔力は、身の内に留めることにする。これで少しはマシになるといいが。
まぁ時間が解決してくれるだろう。そう気を取り直したところで、レイドが首に手を回し、首枷がなくなったことを確認しているのが目に入った。
ヴァイスの視線が自分に向けられていることに気づいたレイドが口を開く。
「よかったのか? 俺を自由にして」
首枷には奴隷という身分を示す他に、魔導具として着用者の行動を制限する効果があった。首枷を着けられれば、主人として登録されたものに、逆らえなくなるのだ。
けれど呆気なく、ヴァイスはその首枷を壊した。壊したところで、ヴァイスの得になることは何もないというのに。
「傷ができるよりはよい」
「は……?」
「枷があると、動くたびに皮膚が擦れて傷になるだろう? それが趣味でないのなら、ないほうがレイドにとってもよいのではないか?」
また不思議な質問をしてくるものだなと、ヴァイスはレイドを見る。
レイドもレイドで、ヴァイスの考えのほうが信じられないと目をみはった。
「おれ、は……俺は、奴隷だ」
「だから傷をつける必要があるのか? 余は、それを望まん」
ただそれだけだった。
自分が望むか望まないか。ヴァイスにとっては、それだけのことなのだ。
「そうだ、わざわざ余の目覚めを出迎えてくれたのだから、何か褒美をやろう。レイドは何を望む?」
「え、俺……?」
「魔王様! その男は、貴方様に捧げるために私が用意したのです!」
「そうか。で、何を望むのだ?」
堪らずといった様子でクラークは声を上げたが、ヴァイスは気にせずレイドに問い続ける。
尋ねられたほうのレイドは、うつむき、頭を緩く左右に振るだけだった。
「望みは……ない」
「ふむ、望みはないか。さてはそなた、未来を見ておらんな?」
「未来?」
何を言ってるんだとレイドが顔を上げる。その表情は、今までとは違った意味で強張っていた。
「俺に未来などあるものか! 奴隷に落とされ、あんたへの生け贄として買われた俺に! どんな未来があるって言うんだ!?」
殊勝だった態度から一変し、レイドはヴァイスの胸ぐらを?む勢いでツバを飛ばす。一度身分を奴隷に落とされれば、たとえ首枷がなくなっても身分が戻らないことをレイドは理解しているようだった。
怒りに身を任せるレイドを、クラークが慌てて止めにいくが、年老いたクラークの腕力では、レイドを抑えることは叶わない。
ヴァイスはそんなレイドの様子を、黄金の瞳で静かに眺めるだけだった。これっぽっちも自分に暴力が振るわれることなど危惧していない。
実際、ヴァイスの正面に立ったレイドは、胸ぐらを?むことすらできなかった。
「未来」という単語が逆鱗に触れたのか、レイドは激昂したものの、ヴァイスと目が合った瞬間、その勢いはみるみる内に萎んでいった。
またレイドの視線が下がっていくのを感じ、ヴァイスは彼の顎に手をやる。
そして指先で優しくレイドの顎を持ち上げた。
「ならばそれを望めばよい。生け贄になりたくないと。身分を回復したいと」
「……解放してくれるのか?」
再び交差する視線。
ヴァイスは、レイドの青い瞳を、そして目元にあるホクロを見て微笑む。
「それはできんな」
「……ダメなんじゃないか」
「だってこんなおいしそ……もとい、魅力的な相手をみすみす手放せるか?」
「おい! とって食いはしないって言ったよな!?」
「あぁ、だから」
「だから?」
レイドの腰に腕を回し、ヴァイスはつま先に力を入れると、少しかかとを浮かせて背伸びをした。
そのまま迷いのない動きで、レイドの唇に自分のを重ねる。
ちゅっ、と音を立てて唇を軽く吸うと、ヴァイスの目が上向きに弧を描いた。
「存分にとろけさせてやる。その後は、未来を見せてやろう」
「なに……っ」
目を白黒させるレイドの?を撫で、また唇を合わせる。今度は彼の下唇を食んで弄んだ。堪らずレイドが口を開けた隙に、舌を差し込む。
咄嗟に離れようとレイドが肩を押してくるが、ヴァイスにとってその程度の抵抗は可愛いものだった。
そして舌と舌が絡まり、唾液が唇を濡らすようになると、抵抗も形だけになる。
「んっ、ぁ……ま、待って」
「レイドは待てるのか? キスだけで、もう張り詰めているではないか」
若いレイドの体は、キスだけで分かりやすく反応していた。ヴァイスの手がレイドの股間を撫でれば、さらに膨らみが増す。
「や……これは、その、そういうことなのか?」
「そういうこととは?」
「俺は、あんたに、だ、抱かれるのか?」
「そうだ。余が抱く。余のことはヴァイスと名で呼べばいい」
質問に答えると、ヴァイスはレイドの服を?いでいった。元から薄着だったこともあり、簡単にレイドは素肌を晒すことになる。
レイドの体は鍛えられ、筋肉が山なりに盛り上がっていた。その山の一つ一つを、ヴァイスは愛おしげに撫でていく。人の体温に触れるのは、実に五百年ぶりだ。
「素晴らしい。ここまで体を鍛えるには苦労しただろう……奴隷に落ちる前は何をしていた?」
「っ、ぐ、軍人だ。俺は、田舎の出身だが、前線で武功を立てて……」
「あぁ、それで貴族の次男坊あたりの反感を買ったのか?」
長男が跡目を継ぐ貴族にあって、次男以降の価値は低い。彼らは、恵まれた環境で育ってはいても、己の力を周囲に見せつけなければ貴族社会では生き残れないのだ。その見せ場を田舎者に奪われたとあれば、横やりを入れたくなるのが、そういった人種の常だった。
「ど、どうして分かる?」
「よくある話だ。男の嫉妬は醜いな。だが、それで憎む相手を奴隷に落とすとは珍しい」
せいぜい出世の邪魔をするのが関の山に思える。よほどレイドがその貴族に恨まれていたのか……もしくは。
「愛されていたのかもな」
「は?」
「好きな子ほど、イジメめたくなるというやつだ。大方、奴隷に落として、自分で買いつける予定だったのだろう」
「そういえば、一度顔を見にきたけど……俺をあざ笑うと、奴はすぐに帰っていったぞ」
ヴァイスの推測に、レイドはまさかと困惑気味に顔を引き攣らせる。
「想像の話だ。余が相手の立場なら、何がなんでも手に入れたいと思っただろうからな」
「俺にそんな価値は……あんたのほうがよっぽど……」
「くくっ、それは余のことを手に入れたいと思ってくれているのか?」
「えっ!? いや、あっ……待ってくれ、そこは……!」
下着を脱がせようとするヴァイスの手を止め、レイドが視線をよそに向ける。その先では、クラークが所在なさげに背を向けて立っていた。
「見られてはおらんぞ?」
「聞かれるのもイヤだ!」
「仕方ない。クラーク、耳を塞いでおけ」
「仰せのままに!」
ヴァイスの命令に、クラークは素直に従い、両手で耳を塞ぐ。
だがレイドは納得していない様子だった。
「そういうことじゃなくて!」
「余に抱かれるのはいいのか?」
「……あんたに勝てる気がしない」
「余も、負ける気はしないな」
いくら体格ではレイドのほうが勝っていても、力の差は歴然だ。ヴァイスが魔力を行使すれば、レイドの腕力などなきに等しい。
今の会話の最中にも、ヴァイスはレイドのためにベッドを用意していた。さすがに柔らかなシーツまでは用意できなかったが、その代わりにヴァイスは漆黒のロングコートを脱ぐと、そこへ広げる。
「おい、汚れるぞ?」
「気にするな」
ついでと言わんばかりに、ヴァイスは着ている服を全て脱ぎ、ベッドの上へ放り投げた。
「これで少しはマシになるだろう。……レイド、何故そなたまで背を向けているのだ?」
「み、見ていられるか!」
恥じらうことなくヴァイスは全裸になったが、レイドにとって美を体現したヴァイスの裸体は目の毒だったらしい。けれどそれも仕方ない。
年を感じさせない褐色の肌は瑞々しく、余分な脂肪が一切ついていない体は、レイドほどではなくとも筋肉がのり引き締まっていた。そして肌の質とは裏腹に、見にまとう成熟した雰囲気は何もしていなくても妖艶さを際立たせ、見るものを虜にする。
色事に慣れていなければ慣れていないほど、強い刺激から目をそらしてしまうのも頷けた。
「同じ男だろうに。心配しなくても同じものしか付いておらんぞ。サイズでいえば、レイドのほうが大きいかもしれんな」
「あ、あんたはもう少し、自分の容姿を自覚してくれ……」
「これでも自覚しているのだがな? レイド、こちらを向け」
クラークに命令したときとは違い、ヴァイスは優しく語りかけた。
その声音につられ、レイドはゆっくりと体の向きを変える。
「それに余のことは、名で呼べばいいと言ったであろう? ほら、呼んでみろ」
「……ヴァ、ヴァイス」
「いい子だ」
ちゃんと向き合って名前を呼んだレイドを、彼の頭を撫でながらヴァイスが褒める。
ヴァイスが頭を一撫でするたび、レイドの?は赤くなっていった。
「恥ずかしいか?」
「ん……恥ずかしい、というか、くすぐったい……というか」
「悪い感情ではないな。ほら、横になるといい」
ヴァイスに促され、服が折り重なったベッドの上へレイドは横たわる。
横になった彼の体を撫でながら、ふと、ヴァイスは思いだしたことがあった。
「あぁ、そうだ。聞いた話によると、騎乗位のほうが痛みを感じんらしいが、どうする?」
「きっ!? む、無理だ! そんなの……!」
「なら余に任せるしかないな」
反射的に身を起こそうとしたレイドの胸を押し、唇を重ねる。当初の予定通りレイドを快楽でとかすため、ヴァイスは舌を、そして指先を動かした。
歯列をなぞり、上顎を舌先で味わう。
手のひらでは肌の張りを楽しみながら、指で胸の突起をつまんだ。
「っ、んん……っ」
レイドの鼻から抜ける声を聞き、さらに指の腹を使って硬くなったそれを転がす。
唇を放して彼を見下ろせば、潤んだ青い瞳がヴァイスの顔を追っていた。?を上気させて誘うようなレイドの表情に、ヴァイスは優しく微笑み返す。
「もっと気持ち良くしてやろう」
「ぁっく……!」
手を下半身に移動させると、硬くなったレイドの中心を直に撫でる。亀頭に触れれば、既にそこは濡れ、一撫でするごとに新しい蜜をこぼした。
若さも手伝っているのか、素直過ぎるレイドの反応に、胸が温かくなるのを感じつつ、ヴァイスは鼻先を彼の首筋に着けてかぐわしい匂いを楽しむ。汗ばんだ項《うなじ》から立ちのぼるフェロモンに、一瞬頭がクラッとし、次の瞬間には自身が熱を持つのが分かった。
これぞ、至高。
まだはじまりの合図に過ぎない体の変化は、ヴァイスにとって幸せを満喫できる一時だった。
終われば満足感こそ得られるが、そのときには終わってしまった寂しさも伴う。だからこそヴァイスは、何事もはじまりが好きだった。
続く昂揚感に目を細めながら、唇でレイドの鎖骨をなぞる。そのまま胸の谷間に舌を這わせ、緊張で張り詰めた筋肉の感触を?張っていく。愛おしむように筋を探り、柔らかさの残る肉を食んだ。
ツンと尖った果実を口に含む頃には、たび重なる刺激に、レイドが荒い呼吸を繰り返している。
「んんっ、ふっ……ぁ!」
「可愛らしい」
ついそんなことを漏らしながら、突起に吸いつく。ちゅう、と音を立てれば、レイドの体が大きくしなった。
弓なりに背中が浮き、重なるヴァイスの体をも押し上げる。まるで乗り物に乗っているかのような上下運動に、気分まで持ち上げられ、ヴァイスはより強く?を窄めた。
「はぅっん! ヴァイス、そこ……!」
やめてくれとレイドがヴァイスの頭に手を伸ばす。
しかしどうしても遠慮が勝ってしまうのか、結局レイドはヴァイスのサラサラな銀髪に触れるに留まった。
それでは抵抗になっておらんぞ、とヴァイスは舌で突起を弄びながら、目でレイドに語りかける。
ヴァイスに見上げられる形になったレイドは、それだけで体を震わせた。
「あっ……! ぁ、だめ、だっ……! もう!」
レイドの言葉通り、ヴァイスの手の中にある彼の熱は限界まで張り詰めていた。
この調子では、一度出したところで治まらないだろう。
そう思い、レイドの乳首に吸いつきながら、熱の中心である裏筋を指の腹で押した。睾丸から、さぁ種を吐き出せ。と屹立した中心を撫で上げていく。
「はっ! く、うぅぅっ!」
?に当たる胸からは鼓動を、手のひらからは脈動を感じた。
レイドの中心から熱が弾け、彼の腹とヴァイスの手を汚す。その射精時間の長さが、ヴァイスに煽られた熱量を表していた。
「くく、たくさん出たな」
「うぅぅ……っ! ヴァイス、俺……!」
「どうした?」
切羽詰まった声で名を呼ばれ、顔を上げる。
のぼせ上がったレイドの目は涙を溜め、力の入っていない口元は半開きだった。おいしそうだ。思わずよぎった感想に、ヴァイスが自分の唇を舐めると、その舌の動きをレイドが視線で追う。
「レイド?」
「……キス、したい。俺、ヴァイスと……っ!」
そんな、いかにも情欲をそそる顔で。
強請られたら。
応えないわけにはいかないと、ヴァイスはレイドの唇を貪った。
「ぅ、むんんっ」
ちゅっちゅ、と唇を、舌を吸う。
最初は享受するだけだったレイドも、次第に自分から舌を絡ませてきた。
唾液が行き交い、溢れた分が糸を引いて落ちていく。
ヴァイスが舌先でレイドの上顎を撫でると、ヒクッと彼は喉仏を動かした。
感じている様子を見逃さないよう観察しながら、足を開かせるためレイドの太ももを手で押せば、レイドは素直に従った。
誰も触れたことがないであろう尻の峡谷に指をしのばせる。
指先が襞をとらえると、反射的にレイドは身をよじった。
「は……ぁ……」
「しっかり馴らしてやるから安心しろ」
唇を合わせたまま声を出し、レイドが先に放った精液を利用する。
まずは一本、指を挿入して前立腺を探った。勃起時のほうが見つけやすいこともあり、尻をいじりながら、前も扱いていく。
「あっ、ヴァイス……っ」
「任せておけ」
「ちが、ヴァイスのも……触って、いいか……?」
てっきりやめてくれと泣きつかれるのだと思った。
予想が外れた問いかけに、ヴァイスは笑って答える。
「好きにしていいぞ」
「っ……ヴァイスは、ずるい」
「何がだ?」
いいと答えたのに、ずるいと返されてヴァイスは目を丸くした。キョトンと、レイドを見返す。
「だって、そんな笑顔で言われたら……たまらなくなる」
「堪らなく?」
「胸が、きゅうってする」
稚拙な表現だった。けれど直球で伝えられた心情は、豪速球となってヴァイスの胸を打つ。
あまりにも衝撃が強かったので、ヴァイスは小さく息を吐いた。
「ふぅ……レイドは、可愛い顔をして、凶悪なことを言う」
「かわ!? いや、ないだろ! それは!」
「しかも無自覚ときた」
「いやいやいや!? どう考えても、図体のデカいだけの男だぞ!? 俺なんかより、ヴァイスのほうが……っんあ!?」
レイドの緊張がほぐれたのを見計らって、指の挿入を深くした。
それがちょうど前立腺を刺激したらしく、レイドが首をそらせる。
「あっ、いやだ、そこ……!」
「感じるか?」
レイドは左右に首を振るが、顔を真っ赤にさせて体を逃がす様は、感じているようにしか見えない。
ここか。とさらにヴァイスは前立腺を押す。
「ひっ、ぅう……! ぁ、いや、これ……あぅ! あ、あっ……!」
「気持ち良さそうだ」
「ちがっ……はぁぁあん!」
グリグリと抉るように指を動かせば、反応は顕著だった。
陸に打ち上げられた魚のようにレイドが跳ね、筋張った足でヴァイスを挟み込む。膝で蹴られるような勢いだが、その程度でヴァイスが動じることはない。
「なに、これ……しらな、こんなの、知らない……!」
「余が教えてやる」
だから安心しろと優しく言い聞かせながら、指が馴染むのを待ち、本数を増やしていく。
無理はさせず、ヴァイスはことさら時間をかけた。
けれど、それがかえってレイドを身悶えさせたようだった。恒久的に続く快感に、しまいにはレイド自ら中心を扱きはじめる。だが肝心の部分にはヴァイスの手が先にあって――。
「ヴァイス……もう、イキたいっ」
「そうだな……」
そろそろいいか。
後ろの具合を確かめ、指を引き抜く。
ヌッと指が括約筋を通り過ぎると、なくなった存在感を寂しがるように蕾が喘いだ。そこへ、ヴァイスが熱をあてがう。
押し込むと、時間をかけたかいもあって、亀頭はすんなり埋まっていった。
「ぅぁあ……っ、なかぁっ」
「分かるか? ふっ、待ち望んでいたように、絡みついてくるな……」
収縮を繰り返す肉壁に自身を撫でられ、ヴァイスのこめかみに汗が滲む。
レイドの中は熱かった。
その熱に煽られながら、ヴァイスは腰を進める。
「ほら……どんどん余を飲み込んでいくぞ」
反射的に逃げようとするレイドの腰を?み、?がりを深めた。進入の際、亀頭で前立腺を刺激するよう意識すると、レイドが頭を大きく振って嬌声を上げる。
「あぁぁ! だめだ、こんな……っ」
後ろでの快感に背徳感を覚えるのか、レイドはいやいやを繰り返した。
そんなレイドを愛しそうに見下ろしながらヴァイスが口を開く。
「後ろで感じるのは悪いことではない。さぁ、存分に余を感じて、雌になるがよい」
「そ、そんな……!」
「余だけだ。余に対してだけ、雌になればよいのだ。他のものの前では、今まで通り、屈強な雄であればよい。ならばためらいも、少なかろう?」
ズンッと中を打ちつけ、言葉を重ねる。
ヴァイスに快楽を支配されたレイドは、嬌声を返すことしかできない。
「あっ! ぁあ!」
「余だけの雌にしてやろう。中にも、たくさん出してやろうぞ。さぁ、余の子種を存分に受けとるがよい」
どれだけの言葉がレイドに届いているかは分からない。
ただ確実に感じていることだけは、萎えない中心が物語っている。
ずっとレイドの快感を呼び起こすことに集中していたヴァイスも、ここにきて自分の快楽を優先させた。すっかり馴らされたレイドの体は、それを受け入れる。
肉を打つ音が、辺りに響いた。
「ひっ、あっ! ヴァイス、ヴァイス……!」
芯から全身を揺すられる衝撃に、堪らずレイドはヴァイスにしがみついた。その手がヴァイスの背に爪を立てる。
その痛みもまた、ヴァイスを煽った。
抽送が力強く、早まっていく。
「ふっ、っ……」
「あっ! あっ! あっ!」
レイドの中で、息を詰めたヴァイスの中心が脈打つ。
互いの体が最大限に密着した瞬間、それは放たれた。
ヴァイスのほとばしる熱を受けとったレイドも、大きく口を開けて果てる。
「あぁぁぁーっ! なかっ、おくぅ……っ」
レイドの言葉通り、ヴァイスは彼の最奥に熱を打ちつけていた。
竿が脈動し、ビュクビュクと飛びでたヴァイスの魔力混じりの精液が、レイドの中を犯していく。
体液には魔力が宿る。そしてそれは持ち主の魔力の多さに比例した。魔導師ではないレイドであっても、あらためてヴァイスの力の凶悪さを、体の内側から知ることになるだろう。
だからなのか、ヴァイスが自身を引き抜く頃には、レイドは気を失っていた。
## 奴隷レイド
檻越しに見た貴族の顔が、目に焼きついて離れなかった。
その貴族とは、一度戦場で顔を合わせたことがあるだけだった。
なのに、どうして。
蔑まれなければならないのか。
――俺が、奴隷だからか。
自分が何故奴隷に落とされたのか、レイドは理解できずにいた。
彼はただ戦場を駆けていただけなのだ。
武功を立てれば、田舎生まれでも存在を認められ、階級が上がる。階級が上がれば給金が増え、家族への仕送りを増やすことができた。
それだけのために、レイドは軍人として戦場に身を置いていたに過ぎない。
田舎生まれの軍人の姿として、それは珍しいものではなかった。
レイドと同じ身分のものは、誰しも同じ道を歩んでいた。
だというのに。
何の変哲もなかった日常を、レイドは突然現れた役人によって壊された。
容疑は完全な濡れ衣だったが、田舎生まれのレイドが頼れるのは直属の上官しかおらず、その上官にそっぽを向かれれば、後は落ちていくしかなかった。
正に奈落へ転げ落ちるように、レイドは奴隷へと身分を落とした。
奴隷になってからは、ずっと自問自答と両親への謝罪を心の中で繰り返す日々だった。
どうしてこうなった。何が悪かったんだ? 父さん、母さん、期待に応えられなくて、ごめん。不甲斐ない息子で、ごめん……。
そしてそれも、黒魔導師に買われたことで、終わる。
黒魔導師といえば、呪われた存在として有名だ。魔力の扱いには長けているが、その力は白魔導師とは違い、決して人を救ったりはしない。
どんな理由にしろ、ろくなことではないだろう。
俺は、終わった。
首枷を着けられ、主人に逆らえないよう行動を制限される。
目の前は、真っ暗だった。
真っ暗だったんだ。
……光が見えたのは、銀色の棺からだった。
次いで現れた存在に、意識を全て持っていかれる。そのときには、目に焼きついていた貴族の存在など、完全に記憶から消え去っていた。
現れた美しい存在に、全ての感覚を上書きされる。
世界が凝縮されているようだった。
レイドが知る世界などたかが知れているが、それでも……彼はそう感じたのだ。
見てはいけない。
直視し続ければ、目が焼かれてしまう。そんな感覚に襲われ、慌ててレイドは視線を外す。
なのにこともあろうか、その美しい存在は触れてきたのだ!
首枷を壊しただけに留まらず、直にレイドに触れる。
触れられた先から電流が走り、体が熱くなった。
「存分にとろけさせてやる。その後は、未来を見せてやろう」
「未来」と、ヴァイスは言った。
黒魔導師に、魔王と呼ばれた美しい男は。
終わっていたはずの俺に、未来を見せると。
その言葉に、心が震えた。
このとき、レイドは魔王と呼ばれる存在に、光を見ていた。